共依存の証

煽り運転で逮捕されたカップルの共依存ぶりが報道されています。
その光景を眺めながら、私の過去を思い出していました。

私が二度目の結婚をして、それまでの人間関係友人関係を断つことになりました。結婚相手がとても嫌がったのです。友人と会うのに出かける、友人を家に招く、一緒に遊ぶ、食事をするなどはなくなりました。
相手が私に求めたのは「私とあなた」の二者関係だけ。
私は何の疑問も持たず異議も唱えずに相手に取り込まれていきました。まさに「取り込まれる」という表現がぴったり。友人関係を失って何年も後に気づきます。

その間に進むのはお互いを支配し支配され、コントロールしコントロールされること。非言語のコミュニケーション。言葉の暴力。原家族にあった機能不全のすべてでした。この関係が嫌で家を飛び出したのに、気がつけばそれを懐かしむかのように繰り返す。かつて慣れ親しんだこの感覚は、魔法のようにお互いを縛り付けます。

私はこの結婚生活で最も嫌悪したのは、言語コミュニケーションがいつまで経っても取れない、どんどん悪化していくことでした。
原因はお互いの感情を言語化しない、できないことだったのですが、当時はそれが分かりません。関係が悪化しても、それは相手のせいだと思っています。自分に非はないのです。「自分は悪くない」はどんどん強化されて、カウンセラーに諭されるまで分かりませんでした。
私の場合特に「感情というものが分からない」状態でした。「思う=思考」「感じる=感情」の区別がつかないのです。カウンセラーに「どんな気分?」と感情を問われても「〜思う」と思考を答えるのでした。それほど感情を抑えつけていたのです。
感情を抑えつけていた=言語化できなかった のですが、感情的になる=キレることはよくありました。
今私はこんな気分だよ、こんな感じ、と普通に言葉にして他者に伝えることができない。キレるだけ。そして無言になる、分かってくれないと相手を恨む憎む、そんな繰り返しです。
この行動、言動の裏には「分かって欲しい」が隠れています。相手への愛着、執着はとても強いのです。その分嫌われた時の恨み憎しみは何倍も強いのです。共依存とはこれほど厄介なものです。
共依存を拗らせて現れる行動、言動は上に書いた通りボーダー(境界性パーソナリティ障害)そのものです。境界性だけでなく演技性、自己愛性、回避性、依存性などの特徴がまぜこぜになっていることも多いのです。
そしてその根っこにあるのがACと共依存です。
根深く厄介な自分を変えるのは、他の誰でもない自分です。自分と向き合うことがいかに大切かが分かります。

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投稿者:

Pure

機能不全家族に生まれ育ったAC・アダルトチルドレンをピアカウンセリングします。コミュニケーションの不全やパーソナリティの不全にも向き合います。