17. 植物にとって、エチレンの働きと役割について

 私の母は植物学も農学も勉強していませんでしたが、固いアボガドを柔らかくする方法を

知っていて、子供であった私に熟したバナナと一緒に袋に入れて、放置する事を教えてくれました。

母は、この方法を祖母から学び、祖母は曾祖母から教わっていました。この様に、この方法は

大昔から存在していました。古代エジプト人は、イチジクの実を収穫した後、まずは、イチジクの

2,3個に深く切れ目を入れておくと、残りの実すべてが熟すことを知っていました。古代の中国では

固いナシの果実を収納した倉庫でお香をたくという儀式をして、果実を熟させていました。

二十世紀初期のフロリダ州の農家では、倉庫に保管した柑橘類を熟させるために、石油ストーブで

倉庫内を暖めました。当時の農家は果物の完熟を促しているのは熱だよ信じていて、農家はある時

石油ストーブの代わりに電気ヒーターで温めてみましたが、柑橘類はさっぱり熟しませんでした。

熱でないと、石油ストーブの何が完熟を促しているのでしょうか?

 1924年にアメリカ農務省の科学者フランク・E・デニーがロスアンゼルスで石油ストーブの煙の中に

エチレンという物質がわずかに含まれている事、そして、純粋なエチレンガスにさらすとどんな果物でも

熟し始める事を発見しました。デニーの実験で使われたレモンは、大気中に一億分の一という微量の

エチレンガスが存在しただけで反応しました。さらに、古代中国での儀式に使われていたお香にもエチレン

が含まれていることが判りました。果物はお香の中にある極わずかなエチレンの匂いを嗅いで、完熟を急がせる

合図にしたと考えられます。 植物は、大気中にエチレンを感知すると果実を柔らかくします。

 しかし、この説明だけでは次の二つの重要な問いには答えられません。まずは、植物はなぜ、煙の中の

エチレンに反応するのか? そして、もう一つは私の母が二種類の果物を一緒に袋に入れたことや、古代エジプト

人がイチジクに深い切れ目を入れたことと、どのような関係にあるのでしょうか? 1930年代にケンブリッジのリチャード・

ゲインが行った実験から、答えの一部が得られました。 ゲインは熟しているリンゴの周囲に漂う大気を分析し、

エチレンが含まれていることを見つけました。 一年後には、コーネル大学のボイス・トンプソン研究所の研究グループが

エチレンは果実の完熟を司る植物全般に共通するホルモンではないかという説を唱えました。 その後の研究により

イチジクはもちろんすべての果物はこの有機化合物を放出していることが判りました。 エチレンは煙の中に含まれて

いるだけでなく、果物からも出ていることが判りました。

 このような果物間でのエチレンの信号はそれを食べる人間のために進化したのではありません。 このホルモンは

元来、植物自身が干ばつや外傷等周囲から受けるストレスに対応するための調整剤として発達させてきたものです。

秋の紅葉等、葉の色が変わる時も、エチレンが出ます。果物が熟す時には、それこそ大量のエチレンが出ます。

リンゴが熟す時に作られるエチレンは、そのリンゴ一個を均等に熟させるだけでなく、横にあるリンゴも熟させます。

するとそのリンゴがまた、エチレンを放ち周囲のリンゴを熟させるという連鎖反応を引き起こさせます。 この現象は

生態学的にみると、種子の拡散を確実にするという長所があります。果物を動物に食べてもらうには、「食べごろ」の

果物をずらっと並べたマーケットを開いて動物を呼び込むのが得策です。 マーケットに集まってお腹をいっぱいに

した動物は、思い思いの場所に出かけたり、巣に戻ったりする途中で種子を糞に混ぜて落としてくれます。

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