2015年10月27日付けの朝日新聞に、「七年祭り」の記事が掲載されました。
七年祭りの概要が詳しく書かれています。
下総三山の七年祭りはどんな祭り?
何を祈るお祭りなの?
「船橋、千葉、習志野、八千代の4市にある九つの神社が集まって、安産を祈願するんだ。神社にはそれぞれ父、母、子守、産婆、叔父などの役割が振られている。中心行事の『安産御礼大祭』では、父役の二宮神社がある船橋市三山に、9神社の神輿や山車が集まるんだ」
どんな由来があるの?
「いろんな伝承があるけど、二宮神社には、千葉氏の一族、馬加康胤(まくわりやすたね)の妻にまつわる話が伝わっている。文安2(1445)年、康胤の妻が臨月を過ぎても出産の気配がないので、幕張の浜辺で安産祈願をしたところ、無事に男子を出産した。喜んだ康胤が盛大なお礼のお祭りとしたのが始まりだというんだ。
平安時代末期~鎌倉時代初期、三山に住み着いたという藤原氏の話を起源とする伝承もあるよ。長男役を割り振られている時平神社は、藤原道真と争った藤原時平がまつられている。道真をまつった天満宮は各地にあるけど、時平をまつった神社は全国的に珍しいらしい。」4
いつ行われるの?
「9月中旬に『湯立祭』と呼ばれる小祭があった。これは二宮神社だけの行事で、元々は中心行事の大祭の日取りを決める神事を行っていたんだ。今は話し合いで決めているけどね。今回、三山で安産御礼大祭が行われるのは11月1日。翌2日未明に、幕張で安産祈願の磯出式がある。お礼の後に祈願するので『三山の祭りは後が先』なんて言われている。」
9神社が集まると、にぎやかそうだね。
「6年前の安産御礼大祭の記録では、各神社の関係者だけでそれぞれ300~400人以上。二宮神社の神輿をかつぐ行列は、450人以上いた。9神社は東西約8キロ南北約9キロの範囲にあるので移動も大変。離れた神社は、三山付近まで神輿を運ぶのにトラックを使ったり、氏子がバスに分乗して移動したりしたんだ。」
神輿や行列は、どこで見られるの?
「三山に到着した各神社の神輿は、まず二宮神社から約500メートル離れた『神揃場』に行く。竹矢来が組まれているから、すぐに分かるよ。出入りに時間差があるから9神社すべてが一度にそろうことはないけど、昼頃は複数の神輿が並んでいるはずだ。そこから二宮神社に昇殿参拝する。」
「昇殿参拝」って?
「神社の拝殿に神輿も上げてお祓いを受けるんだ。昔は妻役の子安神社だけだったけど、昭和30年代に末子役の八王子神社が昇殿し、それに続いて他の神社も昇殿してしまったんだ。それがきっかけで、各神社が昇殿するのが慣例になって。ただ、子守神社は神輿が大きいので、神輿本体は昇殿せず、神職や担ぎ手らだけが昇殿する。」
なんで『七年祭り』って言うの?
「祭りを開くのは丑年と未年。だから6年に1回なんだけど、前回のお祭りの年を1年目とする数え年で7年ごとに行うので、こう呼ばれているんだ。江戸時代の享保12(1727)年から、『数え年で7年ごと』が定着したらしいよ。」