いよいよ、1日から遺作展が始まります。
今日みなさんに手伝っていただき、無事搬入をすませることができました。(30日)
ありがとうございます。
画廊が、いきなり三井ワールドに!
遺作展やろう!と思い立ち、かってにはじめたのが、次々とみなさまのご協力が、、、
私のおかげで、、と言われるのですが、それははっきり違うので、書いておきたいと思います。
これは、みんなの三井さんへの気持ちのパワーと、ご協力のおかげです。
そして、同時に三井さんのパワーのおかげです。
まず、村上さんが、カンパ集めたら、、口座を作ったら、と、アドバイスくれました。
なんたって先立つものがなければ、何も進みませんから。これが順調第一歩でした。
その都度相談にのってくれ、その都度、的確なアイデアを出してくれました。
絵のプリント、資料つくり、名簿つくり、かなりの連絡もしてくれました。
トークショーにも出てくれます。ほんとに助かりました。
カンパをくださった、たくさんの皆様の三井さんへの気持ちをひしひしと感じます。
おかげで、全部をカンパで、しっかりまかなえそうです。ありがとうございます。
そして、トークショーのアイデアを出して、司会をやってくれる大竹さん。
土井さんもゲストに探してくれました。(ポポタム大林さんのご意見があって)
的確なアドバイスをしてくれました。
又重さんも、ご出演ありがとうございます。
影響力のある、土井さんには、トークショー出演を。
トムズボックスで、告知展示もしていただいたり、、ほんとにお世話になりました。
案内はがきのデザイン、撮影を一手に引き受けてくれたのが、Kさん。
普通プロがやる、大変な写真撮影も、とても苦労して、いい感じに作ってくれました。
私の注文にも曲げることなく、、ありがとうございました。
額装のしていない絵に、簡単額装をやってくれたのが、同業者のOさん。
こういうことをやったこともない私達2人で、アイデアを出しながら、3回もきてもらい、
世界堂にもいっしょに買い物に行ってくれ、おかげで額装できました。
搬入、展示もやってくれました。
そして、展示のシュミレーション、展示をやってくれたのは、画家のHさん。
足りないものの買い物もしてくれました。
私が出れない時間の留守番もやってくれる、、とのこと。助かります。
搬入、搬出で、車を出してくれ、展示をやってくれたのが、夫婦で三井さんとおつきあいのあったHさん。
カンパの不明の人を探してくれ、、はがきを送る先等、色々教えてくれた女子美のTさんNさん。
自分のもっている三井さんの手書きのベッドカバーを貸してくれたSさん。
忙しい時に、「三井さんの絵本」のHPを、今回の遺作展、トークショーを、入れてくれました。
トークショーの会場を借りるのにも、カードを友達Mさんが貸してくれました。
当選しなかった場合、他もあることを探してくれた別の友人。
フェイスブックをやるアドバイスをもらったので、教えてくれたMさん。
いまだによくわかりませんが、ツイッターも、宣伝のため細々と、、
そして、最初のきっかけをつくってくれた、フレーベルのSさん。
画廊のオーナーさんにも、とてもよくしていただけました。
シュミレーションでも、画廊を貸してもらえ、偲ぶ会でも部屋を使ってもいいと、、、
もちろん、ご家族の方達のご協力は言うまでもありません。
絵を選択に伺った時も、絵も絵本も、月刊絵本も、全てプロ包装で送ってきて、みなさんに、、と、絵本も。
搬出にも、わざわざ来てくれるそうです。ありがとうございます。
他にも、トークショー受付やってくださるHさんや、、
なぜか、必要な時に、必要なことをやってくれる人が現れ、やってくれる、、というのは、ほんとに不思議です。
今回こうしたイベント?を初めてやらせてもらうわけですが、
全てうまく行っている気がします。普通、こんなにうまくはいかないだろうな、、?とは、想像できます。
これは、やはり、、後ろで三井さんが、何か動かしてくれているんだろうなと、思うわけなのです。
そして、みなさんの三井さんへの気持ちが、こうして順調にいく
エネルギーに直結してくれているんだろうな、、と、つくづくありがたく思います。
みなさま、ほんとにどうもありがとうございます!
あとは、三井ワールドで、皆様とお会いできるのを、楽しみにしています。
30日つけ、朝日新聞,夕刊マリオンにも書いてもらえました。(大竹さん、神谷さんありがとうございます)
http://www.asahi-mullion.com/event/detail/21866
カテゴリー: 遺作展にむけて
案内はがき
案内はがきが、500枚できました。
これは、女子美同級生のKさんが、デザインしてくれて、
写真も撮ってくれ、作ってくれたものです。
竹を使った紙で、三井さんらしさの出た、とてもいいできのハガキになりました。
写真は何度も撮りなおしてくれたらしく、光の具合とかで、
とても撮影は大変だったようです。
普通プロが撮るらしいのですが、すみません私に全然知識がなく、
お願いしたので、かなり無理をして撮ってくれたようです。
どうも、ありがとうございました。
そして、それをプレリリースと共に、出版社や、美術館等に送ることになっているのですが、
それがストップしたままになっています。
Mさんが、送り先の封筒に、宛名のシールまで貼ってくれたのを、
全て用意してくれました。
ニガテな作業、助かります。ありがとうございます。
あとはハガキを入れて送るだけ、、という段階で、
もしかして、もう一つ会場が借りられるかも、、、?という話が出てきたのです。
その話しだいで、追加のシールを貼った方がいいのかどうか?
ちょうどお盆休みに入ってしまい、その話がストップのままになっています。
それに、上記の所に、一か所に何枚もハガキを入れることになると、
500枚がそれだけで、なくなってしまいそうです。
ハガキが全然足りないことがわかりました。
追加で印刷してもらうしかありません。
なので、皆様の所にハガキが行くのは、まだ先になってしまいます。
すみませんが、お待ちいただければ、と思います。
初めてのことで、よくわからないままやっているので、
色々不手際もおこってしまい、申し訳ありませんが、よろしくおねがいします。
生の絵は迫力あります
三重から持って帰った三井さんの絵、
送ってもらった絵の、簡単紙額装を
少しづつやっています。
三井さんともお友達の、私と同じ業界の友達yurikoさんが、
手伝ってくれています。
他の手の空いている方がいたら、お願いしようか、、とも思いましたが、
なにしろ細かい作業で、カッターや、道具をある程度使えないと
難しいので、結局2人でやることに、、、
(もし、われこそは、、という方がいたら、ご連絡ください。)
それにしても、三井さんの生の絵は迫力があります。
印刷だと、やはりその迫力はだいぶ減ります。
やっぱり生で見ないとね、、とか、話しながら、楽しくやっております。
簡易の紙でも、額に入れると、絵もいっそう生き生きしているようで、うれしくなります。
7月になったら、進んでいることが色々決まって、一気に動き出しそうです。
トークショーの企画を進めてくれているのが、
akikoさん、yumikoさん。決まったらまた発表します。
作業風景
三井さん家に行ってきました
彼女の絵等の保管してある、弟さんの家の2階は
以前、交代で彼女の絵の整理をしてくれたまま、、ということでした。
弟さん、お義姉さん、竜馬君、パリちゃん3号、みなさんお元気でした。
お店も順調のようです。
27日に、弟さんも手伝ってくれて、だいたいの絵を選びました。
会場が小さい所なので、小さめの絵を中心にしました。
額装してあったものも、点数を選び、後でそのまま送ってもらうことになりました。
次の日、Kさんが京都旅行帰りに、お疲れの所を手伝いにきてくれました。
絵本の原画も、何点かを。
ただ、版が見開きで大きいので、小さめのが中心になってしまいました。
額装してないものは、こちらで簡単な額装らしきものにして
展示、、と思っています。
しっかり額装すると、重くなって多く展示できなくなるので、
簡易版にしようと思います。
これは、近所に住む友達に手伝ってもらう予定です。
みんなから来た手紙を、三井さんがきちんとしまってあったので、
それを手伝いにきてくれたKさんと、弟さんと相談して、
遺作展に来てくれた人に、自分の送った手紙を持って帰ってもらおう、、と、いうことになりました。
あと、お母さんの看病で行っていた、土佐の海で拾った貝が
たくさんあり、これも来た人でほしい人がいたら、持って帰ってもらおう、、ということに。
きちんと、整理されしまわれていたのには、さすが三井さんです。
絵ももちろん、箱を段ボールで作って、わかりやすくしまってありました。
以前整理に行かれた方たちの、保存紙もちゃんとされてありました。
どうもお疲れ様でした。
DVDで絵情報を入れてくださったMさん、おかげで作業が楽でした。
ありがとうございました。
詳しいことは、私の個人ブログ 「おじおばさんの気ままな日常」
こちらにかいたので、興味ある方がいたら、のぞいてみてください。
→http://paruny.blog87.fc2.com/
少しづつ動きが出てきました。
しばらく更新ができてなくて、
どうしたんだろう、と思われた方もいらっしゃったようで、
どうも失礼しました。
今月27.28日にやっと、三重の三井さん家に
絵を取りに行くことになりました。
偶然、(女子美の)Kさんが京都に行く用があるとのことで、
28日に、作業に合流してくれることになりました。
久々に三井さんの原画が見れて、うれしいです。
それとこの前、Hさんが、画廊を見たいとのことで、
いっしょに画廊MADOを見てきました。
Hさんは画家さんなので、絵の展示は慣れてるようなので、
展示を手伝ってくれると思うので、助かります。
とても三井さんらしい画廊だね、と言ってくれました。
他には、トークショーの企画も進んでいます。
こちらは、MさんAさんが進めてくれています。
これはまた決まりましたら、書きたいと思います。
画廊MADOが、小さい会場なので、そんなに多くの絵は
展示できないのですが、それでも可能な限り、展示したいと思っています。
もし、ぜひこの絵を生で見たい、、というリクエストがありましたら、
コメントかdonkorori@gmail.comに、お知らせください。
希望の多い絵があった場合、可能であれば、できるだけ展示したいと思います。
三井さんの作品のリスト
Myumikoさんが、
三井さんの作品のリストを送ってきてくれました。
三井さんが亡くなってから、
1年くらいの間に、三重の三井家に、
何人かが交代で、作品の保管と整理に行き、
リストを作ったものです。
そういえば、そんなことがありました。
もう9年くらいも前のことなんですね。
私も行ったのですが、それが
こうして、きちんとリスト化して、CDに整理されていた、
ということは、知りませんでした。
おそらく、Myumikoさんが色々やってくださった、と思います。
ほんとに、ありがとうございます。
CDに入れたり、、PCを使ってこういうことできる、、って
すごい!です。こんなにきちんと整理もできるなんて!
さすが、仕事のできる人は、ちがいます。
彼女は、昔月刊絵本の編集をやっている時に
三井さんと出会ったそうです。
以来、2人は信頼関係のあるお友達に、、
今回の資金のことも、
彼女が、カンパというアイデアを出してくれ、
話が進み始めました。
いつも的確なアドバイス、ありがとうございます。
さすが、三井さんが信頼していた方です。
額装してある絵が、50点もあることが
わかりました。
この資料があるおかげで、
絵を選びやすくなります。
額装の絵もけっこうあるので、
あとは、額装でない絵を、簡易な展示法で、、と
思います。
大きな画廊ではないのですが、
絵はできるだけ、多めに持ってきて、
少しでも多めに展示できたら、、と思います。
9年前、保管をするときに、
女子美のO先生が、保管にいい
中性紙を寄付してくださったそうです。
どうも、ありがとうございました。
銀座で打ち合わせ
先日、さっそく
打ち合わせしようと、言ってくださった
友人たち、Sちゃん、Kさんと
銀座で会ってきました。
みなさん女子美関係の方です。
三井さんとは、受験の予備校であったSちゃん。
女子美にはいかなかった、なのに
ず~っと女子美にいった、三井さんとおつきあいが、
続いていた、って、すてきですね。
彼女は、三井さんが亡くなる前日に、
三井さんと会って、話ができた
最後の友達でした。
三井さんは最後まで、希望はなくしてなかったそうです。
Kさんは、女子美の同級生の友人です。
結婚しても、ずっとデザインのお仕事をされてたようで、
さすが、とてもお仕事のできそうな方、、です。
みんな同級生、同じ年です。
私も同じ年で、ほんとは美大に行きたかったので、
もし行ってたら、みなさんと同級生だったかも、、
なんですねえ。
真剣に色々考えてくださって、
Kさんは、ほんとに色々アイデアを考えてくれました。
どうも、ありがとうございます。
そして、時々の脱線。楽しかったです。
三井さんの友達に共通しているのは、
みなさんとても暖かい人、ということです。
思いやりがある人が多いなあ、、と思います。
これも三井さんの人柄なんだなあ、、と
つくづく、、、。
Sちゃんが、三井さんの手描きの
ベッドカバーをもっていることが、わかりました。
楽しみ、、
遺作展に展示できたら、、、と思います。
10年目の初の遺作展
三井さんが、亡くなって
もう10年もたつんですね、、、
月日のたつのは、ホントに早い。
彼女が亡くなって、
遺作展をやりたいね、、、という話が出てから、
もう、けっこう時間がたってしまいました。
10年、何もできないでいた、、、
なので、このままいたら、
いつまでたっても、遺作展はできません。
この年になると(60代)、親の介護問題を
みなさん抱えてられるようです。
色々忙しいことでしょう。
幸い、うちは母が今の所
元気で、郷里で頑張ってくれています。
おかげで、私ものんきに、東京で暮らせています。
さらに、仕事も出版不況で、
もうほとんど開店休業状態で、
(なのに、ありがたいことに収入は少しはある)
リタイヤ暮らしに、近くなってきています。
で、やってくる没後10年目、、、です。
今のこの時期に動かないで、
いったいいつできる?
「この時期をのがすと、もうできないかも、、
動けるのは、私がやれるのは、今だけかもしれない、、、」
なので、最後のチャンス、、とばかりに
動き始めたのでした。