私がカウンセリングで得たもの ①

今まで私のカウンセリング体験を書いていなかったので それを少し

私のカウンセリング体験は ブログを始めたことがきっかけでした

ブログの中で友達もできて そのやり取りをカウンセラーが眺めていました やがて声をかけてくれるようになり やり取りが始まりました

私の書く文章の表現 起きた事柄に対する反応 その中にAC独特のものを見たのでしょう

友達とのやり取りの表現には 自分のものの受け止め方 感じ方=認知の特徴 ACの場合なら認知の歪み が現れます

「相手は普通にコメントを発したのに過剰な受け止め方 違う反応をする」「書き言葉での相手とのコミュニケーションができない」=もちろん話し言葉でも

当時の私は「言葉を武器に」する特徴がありました 「共感とコミュニケーションのためのツール」としてではなく 相手を攻撃するため 自分を守るために言葉を使っていました

何が目的で? 自分のプライドや根拠のない自信を守るために

若い頃はギターを弾いて人前で歌っていました

この時の言葉(歌詞)は自己主張 他者とのコミュニケーションのためではありませんでした 自己主張は出来ても他者とのコミュニケーションができない=言葉とともに感情のやり取りができないことが カウンセリングで分かりました

コミュニケーションは相互通行 一方通行ではない とここで初めて教えられました

これは私にとってかなりショックでした 今まで自分にこんなに大切なものが欠落していたとは全く思ってませんでしたから

そもそも自分を客観視する などしてもいなかった 自分の内側の一つひとつに注意を向けることなどなかったのですから

言葉と感情のやり取り=感情を言葉にして相手に伝える 相手から受け取る

原家族(げんかぞく・自分が生まれ育った家族)では全くその体験がなかったのがAC

私もその一人でした

長い間感じていた不全感 みんなは普通に楽しくお喋りができるのに 自分は出来ないのはなぜ? の謎が解けました

私は言葉を武器にすることをやめました 他者を攻撃することをやめました

自分のプライドや根拠のない自信はもういらない

そんなものはなくてもいい ありのままの自分でいることを選びました

カウンセラーは真摯に対等に丁寧に 私に向き合ってくれました

メールでのやり取りはお互いの文章を引用して 私の問いかけの一つひとつに 私はカウンセラーの言葉を一つひとつ確かめながら カウンセリングは進みました

私は「このままでは自分の人生はダメになる」ほど自分の不全感に危機感を持っていました

もうカウンセラー以外に頼る相手がいなかったので必死にすがりつきました

強い愛着を感じた他者にすがりつくのはACの得意技です それがいい結果につながるとは意外でしたが

カウンセラーとのこのメールのやり取りは それから1年以上続きます

幼児期のトラウマ 認知の歪み 嫉妬 恨み憎しみの負の感情 親への感情 共依存の実態

自分の心の中がどうなっているのか ようやく理解しました

親からもらったものを捨てる それは少なからず恐怖を覚えるものでしたが 親からもらったものは何とも厄介な 不要なものばかりでした それが分かった時のショックも大きかったのです

新しく学び直す 生き直す その師となったのはまずカウンセラーでした

こうして約1年半の間 カウンセラーとのメールのやり取りは続きます

IMG_2758