図工は自由ならいいのでしょうか?

子どもの図工には「自由」が良い、が取り違えられていると感じます。

大きな紙に手のひらで絵の具を伸ばしたり、段ボール箱を積み上げたりして建物らしきものを作ることが「自由でのびのび」になっちゃってるような気がしてます。

創意工夫するよりも偶然性の現象を楽しむ遊びと捉えているような・・・。

実は水彩の筆洗バケツをどこに置いたらいいのかわからない、「見て描くってどうやるの?」なんて状態のまま小学校を卒業していく子も珍しくないのです。

子どもは色んなイタズラをしますよね。「絵の具と木工用ボンドを混ぜて塗る発明」とかも子どもらしいことですが、絵の具も筆もボンドでカッチカチでは、もうその道具で絵は描けません。すべての道具には使い方があります。

誰かが使っている刃物。切れ味が気持ちよさそうに見えますが「気を付ける」という神経を使いますね。カッターや彫刻刀を自己流で「これでいーの」と使うなら自分でケガをしたり、周りの人を傷つけてしまいます。もちろん小さなケガで学ぶことも大事です。

ドレミの音階を知らずにはメロディーを奏でられないように、図工の道具の使い方を知り絵の描き方を知って欲しいと思って教えています。

 

自由、それさえあれば何でも思ったまま描いたり、作ったりできるのかというと・・・違います。

「好きに描いていいよ」と真っ白な大きな紙を渡された子どもは戸惑います。

最初は小さな点を打ったり、長い線を引いたり、太い線を描いたり、面を塗ったり、円を描いたりして、筆に慣れます。

水をたっぷり含ませたときと、あまり水気のない時では絵の具の伸びが違います。子どもは絵の具の色がきれいだな~と思ったり、筆で塗ることは楽しいと感じたりします。

そんな水彩道具の使い方を一つ一つ学びながら自由な表現を身につけていくように思います。

逆に知識のないことは、描く世界を狭くし難しいものにしてしまいます。

 

じっくりと対象を見て形を捉えたり、風景をB5の紙に描くという体験がないまま高学年に進むと「めんどくさい!」と激しい拒絶反応を示す子もいます。

日頃使っていない筋肉を使うようなものかもしれません。このような傾向は年々増えています。

あいうえおを知らずに文章は書けないし、足し算引き算を知らずにお金のやりとりはできないように、絵にも基本は必要です。

簡単に自由は妨げられないし、個性は消えません。

 

日々忙しい最近の小学生ですが、ぐるぐるでは焦らず教えていこうと努めています。

このテーマは自分でも迷いがありましたが、今すごく必要なことだと思い書きました。

 

 

 

 

 

 

 

 

投稿日: 2017年4月27日 カテゴリー: 未分類