稲毛浅間神社で富士山探し

子どものお宮参りやら七五三で
何度もお世話になってる稲毛の浅間神社へ。
この稲毛浅間神社、神社のホームページに、文治3年(1187年)の社殿再建の際、
富士山の形に盛り土をし、参道も富士山にならって3つ造り、
社殿は東京湾を隔てて富士山に向かい合って建立したとある。
これってつまり・・・・・・、
巨大な富士塚ってことじゃないですか?!
何度も行ってるし、浅間神社がもともと富士山信仰から生まれたというのもなんとなくは知っていたけど、
境内全体を富士山として見たことは無かった。
すっかり富士塚めぐりがマイブームになってしまった今、こりゃあもう一度見に行くしかないでしょう。
はたしてこれまでと違った見方ができるだろうか。
まずは駐車場に車を止め
本殿にお参り。

ネットでちょっと調べたら、境内には富士講の碑や、富士塚の重要アイテムである小御嶽神社など
富士山にゆかりのものがいろいろあるとのことだが、
駐車場から本殿までの間には見つけられず。
正面参道から左の道に入ったところにある、小さな社の建ち並ぶ場所にも
富士塚関係のものは見つけられなかった。
本殿に向かって左側の階段を下りるとある古そうな北側の参道にも、何もなし。
うーむ、何も無いな・・・。
境内全体が富士山だというけど、富士塚らしいものは無いや、
階段を昇ったり降りたりして疲れちったよ。
と半ば諦めつつ本殿にもどると、その右側に「納札所」と矢印のついた看板と
下りの階段を発見。
おお、こっちにも道があったのか。
その階段を下りてすぐにあったのがこちら。

おや?
奥にある小さな祠は一体何だ??
表面には溶岩のようなものが貼りついていてゴツゴツしているぞ。

ひょっとしてこれは!?
と思い、近づいて祠の前の碑を見ると・・・

「包」という字の上に富士山のマーク。
八幡宿の富士塚と同じ富士講の石碑だ!!
やった!見つけたぞ!!
この祠が富士塚ゆかりのものなのは間違いないだろう。
しかしこれ自体が富士塚というわけではなさそうだ。
おそらく富士塚のアイテムの一つで、富士山の麓にある「胎内」とよばれる
洞窟を表しているのではないだろうか。
となると、祠のまんなかにいるこの像は
富士講の根本をつくった「長谷川角行」か。

ん〜、よくわからん。
そんなに古いものでもなさそうだし。
今度、神社の人に聞いてみよう。
富士塚に興味を持たなければ、この小さな祠も目に入ることは無かっただろう。
今まで見えなかったものが、視点を変えると見えてくるってのはなかなか楽しい。
次回は東側の参道で富士山を探します。
つづきはコチラ

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