前回からのつづき
王子のあたりを散策していると日が暮れてしまった。
フリーチケットがあるので、帰りはちょっと遠回りだけど王子から大塚まで都電に乗ることにした。
雪が積もる軌道
2月の話ですからね。
まるで北国の路面電車みたいだ。
この先、都電に乗る機会はあと何回あるだろう。
最後は
フェンスと垣根に塞がれた、階段と倉庫らしきもの。
トマソンってやつか!?
カテゴリー: 東京散歩
東京散歩 王子
前の記事から60日以上もたってしまいましたが・・・。
前回の記事でほんの少しだけ川跡を歩いた藍染川。
現在は暗渠となって上野台地と本郷台地の間の住宅地を水源としているようだが、
かつては石神井川の本流だったのだとか。
確かに地形図を見ると、石神井川から本郷台地と上野台地の谷をたどる流れが自然なような気がする。
しかし現在の石神井川はそのような流路をとらず、王子のあたりで上野台地を貫き
そのまま隅田川へと流れ込んでいる。
石神井川がなぜ現在のように隅田川へ流れ込むようになったのか、流路の変遷が人工によるのか、
それとも自然によるものなのか、そしてその時期はいったいいつなのか、
今でもはっきりとはわかっておらず諸説あるのだそうだ。
真相を確かめるには古文書を読み解いたり、地面をボーリング調査しないといけないので、
そういうのは専門家に任せて、
とりあえず私は石神井川が上野台地を貫いている場所を見に行ってみることに。
やってきたのは京浜東北線の王寺駅。
この近くに石神井川が流れているはず。
上野台地を貫通させるような荒ぶる川の姿が見られるだろうか。
王寺駅の西口、お花見の名所の飛鳥山は上野台地。
王寺駅の東口。都電の停留所のすぐ近くに用水路っぽい川がある。
実はこれが上野台地を過ぎた後の石神井川の流れ。
全然荒ぶってない。
ウィキペディアでみたところによると、王寺駅付近の洪水を治めるため、
1966年から1968年にかけて飛鳥山の下に分水路を通す工事が行われたとのこと。
よって上の写真は旧流路。
旧流路にはくみ上げた地下水が流されているそうで、
王寺駅の西側、渓谷のような音無親水公園も旧流路だ。
うっかり現在の本流の写真を撮りっぱぐれてしまったが、
例え今は人工の流れであっても、この辺りの川の変遷を知っているのは旧流路だろう。
「昔は俺もヤンチャでさ」などと先輩や上司の武勇伝を聞かされても
うんざりするばかりだが、
「昔はこれでも谷を削ったもんだよ」などと川の神様の豪快な昔ばなしを聞けたなら
どんなに素敵だろう。
こちらは多分、分水路に入る前の流れ。
かつての流れは飲み屋の間をひっそりと行く。
つづく
東京散歩 谷中のあたり
猛暑とか関係なく、まだまだ2月の東京散策のつづき。
芝の増上寺の近くから地下鉄に乗り根津駅へ。
谷根千とも呼ばれ昔の下町の面影が残る場所として有名なこのエリアは、
上野と本郷の台地に挟まれた谷の地形をしている。
谷の地形だけあってここにはかつて藍染川という川が流れており、
上野の不忍池を経由して東京湾へと注いでいたという。
谷の地形と下町の雰囲気を味わうため、この界隈を
ちょっと歩いてみることに。
本当は不忍池あたりからじっくりと歩いて川跡を遡りたいところだけどね。
まずは根津神社にご挨拶。
境内のツツジの斜面は本郷台地。
歩くだけで楽しい下町。
看板建築を発見した。
根津神社から東に向かって歩くと、今度は上野台地の斜面に当たる。
そしてこの道が藍染川の川跡で、右の黄色い建物は染物屋さん。
藍染川で染物をしていたとかなんとか、ブラタモリでやってた。
ヘビ道と呼ばれるくねくねとした細い道もかつての川の名残。
橋の跡もある。
根津から川跡を遡って、やがて一段と活気がある谷中へやってきた。
力作。
谷中銀座は賑わっていた。
谷中と言えば猫ですな。
夕やけだんだんからの眺め。ここは上野台地の西側斜面。
地形好きなので、美しい夕日を見ているのではなく
谷を見下ろしているところなのです。
藍染川の跡をたどってさらに歩いて北上することもできるのだけど、
いったん電車に乗るため日暮里駅へと向かう。
にゃっぽりかわいい。
日暮里駅からもういっちょ別の場所へ。
ホームから見えるのは上野台地の東斜面。
つづく。
藍染川の谷はどこにつながるか?
東京散歩 芝
千葉はもうすぐ梅雨入りなんですか。
話しは雪解けの東京を散歩したときのつづきです・・・。
六本木から東京タワーへ向かう途中、
警察官が道路を封鎖する光景を見た。
封鎖しているのはロシア大使館へつながる道。
北方領土がらみで街宣車がやってくるたびに、
実家にあるガレージの門扉みたいなバリケードをガラガラと伸ばしていく。
このバリケードを過ぎると東京タワーはもうすぐ。
東京タワーのそばにある教会。
周辺には何件か教会があったけれど、どれも目を引くデザインばかり。
そしてタワーに到着。
東京スカイツリーに主役の座を奪われて、すっかり忘れられた存在なのかと
思ったら入場券売り場は結構な行列。
東京タワーのある台地は、縄文海進の時代には
海に突き出た半島であった場所。
縄文の時代から死者の埋葬に関わる聖地であったという。
台地の上で、東京でも指折りの観光地であるのに、
周囲になんとなく湿った気配を感じるのはそのためだろうか。
雪解けで道路が濡れていたからかも知れないけど。
タワーの足元にある渓谷。
このあたりには古墳群もある。
その湿った台地を背後に抱える、芝の増上寺。
台地を下ったこちらの方が、乾いたおおらかさを感じてしまうのが不思議。
都会の一等地の大きな寺だけど、浅草とかと違ってのんびりしてます。
こちらは大門。川瀬巴水の版画が印象深かったので、ここで一枚。
かつてはこの前の通りを都電が走っていたそうだ。
お寺の前なのに、なんだかニューヨークっぽい!
と思って撮った建物の入り口。
ちっちゃくなっちゃったけど、
東京タワーの半島の地形図。
つづく。
東京散歩 六本木
たまには東京の街でも歩きましょうかと、
散策の最初にやってきたのは六本木。
まだ雪が残ってますな。
まずは六本木交差点のほど近くにいるウェンディーズのこのコに会いに。
かつては船橋のららぽーとにもあったのだけど、
一度だけ食べて、また食べにこようと思っているうちに
日本から撤退してしまったウェンディーズ。
日本に再上陸したのは2011年だ。
あたしゃ、ここの「ベーコネーター」ってのが大好きで。
肉とチーズとベーコンしか挟まってないのがいい。野菜なんかいらないぜ。
まあ、「トマトソースがたっぷりかかっているので、ピザは野菜です」という
アメリカの給食の理屈で言えば、ケチャップの分ちょっと野菜だけど。
さて、名残惜しいですが、お腹も満たされたので東京タワーに向かって歩きます。
今回はできるだけ東京の地形を感じながら歩きたいので、
坂道を見つけるとすぐに寄り道します。
早速見つけた下り坂。
坂を降りると、ビルの壁には何かを引っぺがしたような跡が。
坂道の下のこの窪地は
麻布狸穴町と呼ばれる場所。
長い坂下に雌狸の棲む大きな洞穴があったのが、地名の起こりとされるそうだ。(Wikipediaのコピペ)
長い坂道というのはこの狸穴坂だろうか。
坂の下には雰囲気のある建物。
こちらが狸穴坂。
さすがに今はもう狸は住んでいないかな。
ちなみに狸穴坂の頂上にはロシア大使館がある。
そのロシア大使館の向かいにあったのが
狸穴警備派出所。
建てた、というより
人差し指でそっと挿し込んだビデオカセットみたいで気になる。
今回歩いたのはこのへん
六本木交差点からてくてく歩いて、狸穴町の窪地ををうろうろしました。