谷津船溜

谷津干潟の東のはずれ、津田沼高校の裏の道に沿って
干潟から北へ延びる細い水路がある。
この水路はどこに繋がっているんだろうと、なんとなく思っていたのだが
ふと車のナビを見ると、水路の先に「谷津船溜」とあるではないか!!
船溜!!これは見に行くしかないでしょう。
で、これが谷津船溜

な~んも無い感じ。
いつごろまで現役で使われていたのかはちょっとわからなかった。
国土地理院の空中写真で見てみると、幕張の船溜と同様
周囲の埋め立てにともなってできたようだ。
空中写真1965年 1966年
水路の向こうには谷津干潟がひろがる

この谷津船溜、隣接する葦切公園を中心に整備し直そうという話しもあるようだが、
どうなることやら。
幕張の船溜はコチラ

“谷津船溜” への4件のフィードバック

  1. こんなマイナーなところ、よく見つけましたね!私の地元です。今から30年ぐらい前までは小さな船がたくさん泊まってましたよ。レジャー用の船もあった気がします。
    この頃の船だまりは水が真っ黒でドブのニオイが立ち上っていました。あと袖ヶ浦にも同じような船だまりがあったんですがいつのまに埋め立てられてました。
    今は驚くほどキレイになりましたね。干潮時はいろんな生き物を見ることができます。変わったものだとカレイの稚魚とか。

  2. 戦火さん
    ほんの30年くらい前にはまだ、この干潟や
    海で生計を立てている人がけっこういたってことなんですかね。
    レジャーボートでここに乗りつけて、谷津遊園で遊んで
    また船で帰る、なんてのもあったのかなあ。
    この船溜が今後どうなっていくか、気長に見守っていきましょう。

  3. 谷津船溜まりから谷津干潟へ出てそのまま水路を直進すると京葉港へ出ることができます。小規模な漁業関係者の拠点になっていたわけです。レジャーボートはお金持ってた人が湾沖で釣りなどを楽しんでいたんでしょうね。
    しかし、気づいたら一隻もいなくなっていました。ここからは私の推測ですが、谷津干潟がラムサール条約指定されたことを受けて船溜まりとして使えなくなったんだと思います。
    余談ですが、埋め立てが本格的に始まる前は谷津船溜まりの目の前は海、つまり小さい港として運用されていました。

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