頂上へ 八幡宿富士②

飯香岡八幡宮にある富士塚登拝の続き
この日、富士塚の周りを地元の方と思しきオジさんたちが掃除していた。
聞けば、数日後にあるお祭りの準備をしているのだという。
この方たちがここの富士講の人かどうかはわからなかったが
みなさんこの八幡宿富士を愛しておられるようで
いろいろ興味深い話を聞かせてくれた。
まあ、子連れで富士塚を見に来てるという物珍しさもあって
話しかけてくれたのだろうけど。
で、その方々の話によると、
この富士塚は関東で2番目の高さだという。
50cmだけ低いんだと(ちょっと悔しそうに)言っていた。
また、各地の富士講は高齢化により解散してしまったり、自然に消滅してしまったりしているのだが
ここ八幡宿の富士講はまだまだ健在で、毎年お山開きをして
出羽三山にも詣でたりしてと、元気いっぱいだという。
「この間のお山開きには、浦安に住んでるコラムニストの人が来てくれてね~。」
とも言っていたが、その人の書いた本を読んでここに来たのですよ、私は。
ちなみにこの富士塚、いつごろできたんですかね?と聞いたら
「うーん、かなり古い。」とだけ教えてくれた。あら。
さて、富士塚登拝のつづき。
九合目に着くと、頂上の奥宮の鳥居が目の前に見える。

そしてここ八幡宿富士の頂上がこれだ!!

注連縄で囲まれていたので、頂上に登ることは叶わなかった。
九合目から見下ろすとこんな感じ。おーい。

信仰の対象ではあるけれど、やっぱりこういうところに登るのは楽しい。
富士塚自体も、神社特有の静謐で厳かな張りつめた雰囲気ではなく、
もっと庶民的でくつろいだ印象を持つことができる。 
富士山に対する庶民の熱意によって造られたものだからだろうか。
頂上から少し裏手にまわると
溶岩ではなく、丸い石が連なった部分がある。
大沢崩れだ。

大沢崩れとは、現在も崩壊が進行している、富士山の西側にある浸食谷のこと。
まだまだ見るべきところはありそうだが、
麓で家族がやぶ蚊から逃げまどっているので、そろそろ下山するとしよう。
その途中でみた合目石。
木漏れ日と溶岩のつくる陰影がきれいだった。

というわけで、はじめての富士塚登拝おしまい。
またここに来よう。そして他の富士塚にも行ってみよう。
飯香岡八幡宮の記事はコチラ
八幡宿富士①はコチラ

八幡宿富士 登拝

八幡宿にある飯香岡八幡宮の境内の一角、
「浅間神社」と書いた額のある鳥居をくぐると、そこに富士塚がある。
富士塚というのは富士山を模して築かれた人工の山のこと。
その表面は富士山の溶岩で覆い、頂上には富士山から運んだ土をのせ、
さらに実際の富士山にある小御嶽神社や烏帽子岩、頂上の奥宮などを
石碑や祠にして再現。
まさにミニチュアの富士山なのだ。
そこに登れば、本当の富士山に登ったのと同じご利益が得られるって!!
さて、そんな富士塚にどうして行ってみようと思ったかというと
以前浦安の事をあれこれネットで調べていたら、浦安には3つの富士塚があるという記事をみつけ、
そこから富士塚のことを調べたら、浦安だけじゃなく県内のいたるところにあるとか、
しかも千葉県には東京よりも多くの富士塚があるとか、
稲毛の浅間神社は境内全体が富士山を模しているだとか、そんな記事をたくさん見つけ、
もう気になっちゃって気になっちゃって・・・。
気になり出したら止まらなくなり、昨年出版された新書版の富士塚ガイドブックも購入。
予習はバッチリ。
あとは実際に本物の富士塚を見に行くのみ。
ではどこの富士塚にしようかと、しばし検討。
で、思いついたのが飯香岡八幡宮にある八幡宿富士。
ガイドブックで最初に紹介されているし、しかも筆者イチオシだという。
さらに幕張からもそんなに遠くないしというわけで
富士塚初心者の私にとって、うってつけの富士塚なのだ。
前置きが非常に長くなってしまったが、ではいよいよ富士塚に登拝。
あくまでも信仰の対象なので「登山」ではなく「登拝」なのです。
八幡宿富士の表面は富士山の溶岩でゴツゴツ。

富士塚を造ったのは「富士講」と呼ばれる人々。
「講」というのは、信仰で結束された庶民の集団のことで
富士山を信仰する講だから「富士講」である。
信仰の集団というとなんだか怪しい感じだけど、江戸時代には庶民の間に
たくさんの講が浸透していて、どちらかというと町内会のような感覚だったようだ。
そんな富士講の碑も見ることができる。

包という字の上にある三角の線が富士山を表す。
麓で合目石を発見。ちゃんと登山道があるのですよ。

中腹あたりで登山道から分かれて右奥に進むと、小御嶽神社の石碑がある。
富士塚の重要なアイテム。

再び登山道に戻れば、頂上はもうすぐだ。

写真の枚数が多いので、続きは次回・・・。
飯香岡八幡宮の記事はコチラ
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飯香岡八幡宮へ

昨日のこと。
芳葉さんでお昼ごはんをたらふく食べたあと、
市原市の八幡宿駅のすぐ近くにある飯香岡八幡宮へ行った。

この飯香岡八幡宮、社伝によると653年の創建だとか。
写真の拝殿は県の文化財。さらに奥にある本殿は国の重要文化財である。
なかなか長い歴史のある神社で、しかも久々の秋晴れの一日。
木漏れ日の中、非常に清清しい気分になれた。

が、今回この神社へやってきたのは、お参りをして
何かしらのご利益にあずかるのが目的ではない。(もちろんお参りはしたけど)
本来の目的はというと、
境内の南側、拝殿に向かって右の奥の方へ歩いていくと見えてくる・・・
これ!この山!!

この富士塚へ登るのが今回の目的なのです!!
というわけで次回は、大興奮!初めての富士塚登拝。

川越へ

連休中のこと。
「小江戸に行きたい」という妻のアバウトなリクエストを受け
川越へ行くことに。
千葉の大多喜も小江戸と呼ばれており、どちらにするか悩んだのだけど、
川越も大多喜も、幕張からはだいたい1時間半。
同じ時間かかるなら、より有名なほうに行ってみるかというわけで。
しかし世の中はシルバーウィーク真っ最中。
当然のごとく渋滞に引っかかり、結局3時間以上かかって川越に到着。
着いたのは昼過ぎだった・・・。
そしてそのようやく着いた川越の街は、人と車でごった返していた。
もうとにかく人だらけ。
右も左もいまいちよくわからないまま歩いていたら、
「時の鐘」に行き着いた。
旧市街のランドマーク。

その近くの大通りに出ると、蔵造りの古い街並み。
街道沿いに蔵が建ち並ぶ。

風情はあるが、道が狭く交通量も多いので結構危ない。

川越のこの蔵の街並みは、明治の大火の後に形成されたのだそうで。
あら、結構新しいのね・・・。
蔵造りのお店の屋根にはかわいいマークが。
こちらは種屋さん。

こちらのカブは漬物屋さん。

さて、ほんとはもっとゆっくり散策して、写真もたくさん撮りたかったのだが
人をかき分けて歩くだけでもうヘトヘト。
駄菓子屋横丁でお土産でも買って、さっさと帰ろうという話になり
移動してみると、そこには身動きもとれないほどのさらなる人混みが。
そんな中、どうにかこうにか撮った一枚がこれ。
前田のクラッカー。

初めて見たよ。
今回は下見だ。
また来よう。今度は平日に来よう。という思いを胸に、川越を後にした。