62年ぶりのドイツへの恩返し

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IT委員会武山

サッカーワールドカップ決勝トーナメントでは8強は果たせなかったが、日本チームの活躍は素晴らしいものでした。年寄りも元気を貰いました。
千葉大の近藤克則先生の『長生きできる町』(角川新書、2018年)に「スポーツが健康にいいことは、多くの人が知っていることでしょうが、スポーツをする人が多い町に暮らし、スポーツを見ていたり支えたりするだけでも、健康状態が良くなる可能性が見えってきた」と書かれています。膨大な調査研究に基づいた発言ですが、ワールドカップの期間中、私もテレビ観戦に浸っていました。いくらか寿命が延びた気がします。

ところで、高齢者の皆様は、昭和43年(1968年)のメキシコ・オリンピックでサッカーが銅メダルを取ったことを覚えている人は多いと思います。
その時に、日本チームを指導したのはドイツから招聘されたデットマール・クラマーさんでした。クラマーさんが来日したのは、昭和35年(1960年)で、今から62年前でした。
メキシコ・オピンピックの銅メダルから25年後の平成5年(1993年)には、Jリーグが誕生しました。また、この年はドーハの悲劇の年でもありました。クラマーさんはJリーグ設立にも貢献した人にもなります。

日本は今回のワールドカップではドイツを破って、決勝トーナメントに進出することが出来ましたが、これは大相撲で言う恩返しです。

当時のサッカー協会の理事長から「メキシコ・オリンピックに備えて、ドイツからコーチを招聘することに尽力してほしい」と頼まれたのは、成田十次郎さんでした。成田さんは東京教育大学体育学部出身で当時、東大大学院で修士論文として「古代ギリシャ競技史」を書きあげ、博士課程に進み、体育学研究のためにドイツへの留学を計画していました。
高校時代からサッカー選手として活躍され、大学生時代には日本代表になった方です。成田さんはクラマーさんの招聘に尽力されたのちに、帰国後は東京教育大学サッカー部の監督として、大学リーグ2連覇、大学大学選手権大会優勝を成し遂げ、後に筑波大学教授になりました。また、読売サッカークラブを創設され、初代監督になりました。
この方は高知県出身で、同郷の私もお付き合いがある方です。千葉の友人にサッカー関係者がおり一度、西千葉のスポーツ酒場に来ていただき、クラマーさん招聘のこと、Jリーグ設立のお話しを聞いたことがあります。今回の日本チームの活躍をみて昔を思い出しました。
4年後は8強を期待したいですが、私がまだ元気でいるかどうか?

 

62年ぶりのドイツへの恩返し」への1件のフィードバック

  1. 日本は予想外の健闘で、まさか、ドイツ、スペインに勝つとは、小生も元気をもらいました。やはり、サッカーはワールドカップが4年に1回あり、盛り上がりますね。野球のWBCとは規模が違います。野球は来年3月WBCがありますが、どうでしょう!!
    大谷君が参加するそうですが、盛り上がるのでは?
    武山さんの交流の広さには驚かされます。年の瀬、健康に留意され、よいお年をお迎えください。あすみ見守り隊は、最終、12月25日まで、活動致します。引き続きご支援よろしくお願いいたします。

    福祉委員長 H

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