468・目黒雅叙園

細君の先生の娘さんが少壮吟士と言って数少ない財団の師範に合格したお祝いが先日ここで行われ、結構よかったそうで、今度行こうということでご相伴と相成った。
行人坂を下りたところにあり、どでかい建物でびっくりしたねぇ、建物の中に街並みを作っているくらいでただただあぜんとした。
 中を一通り見まわってから食事を一階のバイキングに入った。
無難な食事で、(一応あちこちのバイキングには行っているつもりである)意外とリーズナブルな値段に驚いたね。このようなつくりだともう少しいくのかなと思っていたが、安い割にはまずまずである。また、庭園を建物のなかに作ってあるのでびっくりだねぇ。壁には豪華な描きが並んでいる。<img src="/usr/u/e/s/uesugikaikan/P1040313.JPG" alt="" title=""

 トイレを見てびっくりで、このようなつくりを見たこともなく思わずカメラに収めたがこのようなトイレはみたことが無い。入り口だとは気が付かないくらいの入り口であっけにとらわれたね、ここのオーナーの気遣いが伝わってくるねぇ。

 一通り見て、入口の所に百段階段がありそこで、ダウン症書家金澤翔子の作品展が開かれているそうで、チケットをいただいていたので見てみることにした。
ダウン症の子どもとの生活を母親が描きながらの書展であるが、一つ一つ見ていくうちにこのダウン症の子供の素直さとひたむきさに、またそれに対する母親の心情に涙が出てきたね。
 この人は書道という天分があって開けたが、そうでない症状の人々が大半だと思う。
その症状を受け入れて向かい合って生きていうことは想像もできないくらい大変だと思う。私も時々電車の中でそんな親子を見かけるし、空手の子供でも兄弟にそのような子どもを見たこともある。なるべく自然に接しているつもりだったが、大変だねぇ。
 私どもは健康というものは当然でその上に生活が成り立っているものと思いがちである。
だから好き勝手なことを言っているのだが、健康のありがたさは病気になってみて初めてわかる。
 だけどこの金澤翔子という人はそれらを受け止めて純真にひたすらに生きているのが伝わってきて、涙が出てくるのは何なのだろうねぇ。
 同情でもなければ自慢でもない、ただひたすらな生き方に感動を覚えたのかねぇ。
何か、私も改めて心が洗われたようなひと時であった。

 帰りにはすがすががしい気持ちになって戻ってきたがこのような気持ちは記憶にない。
宗教家でもないので型ぐるしいことは言いたくないが、森羅万象に感謝、というところなのかね、貴重な一日であった。

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