志賀直哉 「兵隊が余りの苦しさから」

 日清戦争・日露戦争・第一次世界大戦
と、「連戦連勝の日本」でした。
 第一次世界大戦による好景気もありま
した。
 しかし、それは一部のことであり、一
時的でした。
 米価は高騰し、インフレが進んでいま
した。
  ストライキが続発し、米騒動も起きま
した。
 朝鮮で三・一反日運動が、中国で五・
四反日運動が、起きました。

 そのような世相の中の1919年に、志賀
直哉は、『断片』『十一月三日午後の事』
『「十一月三日午後の事」後日談』を発表
し、兵士の置かれた状況や戦争の実態を
明らかにします。

 此日、或る兵隊が余りの苦しさから
刺身ばう丁で喉を突かうとして失策り、
軍医の剣をぬかうとして、それも失策
り、たうとう舌を噛み切って死んで了
ったと云う事を最近に聞いた。
  『「十一月三日午後の事」後日談』

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 志賀直哉 1968年10月21日 永眠
        享年 八十六

 

 

      前回の問題 解答
  電気不要の自動ドアには、てこの原理が
応用されています。

 

 

     今日の問題 
 志賀直哉は、1919年にどのような不幸に
見舞われたでしょう。

 

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