麻は、縄文時代の早くから、人々の衣服の素材
でした。
木綿や毛織物を使うのは、ずっと後の時代です。
麻は、高温で湿度が高い日本の夏を過ごすには、
とても適しています。
しかし、雪が積もり、風が強く吹く、日本の冬を
過ごすには、向いていません。
日本列島に住む人々は、長い長い年月を、
麻だけでどのように暮らしてきたのでしょう。
今月は、麻とともに歩んできた生活史を、偲んで
いきます。
< 11月のわくわく学習会 >
と き 11月14日(土) 14時~15時
ところ 開進学園
テーマ 麻とともに歩んできた道
参加費 100円
連絡先 電話 043-273-6613
メール wakuwaku@kaishin.jp.net
前回の問題 解答 
原題は、『Silicon Snake Oil』 です。
今日の問題 
「朱に交われば赤くなる」と同義の、
麻で始まることわざは、何でしょう。
開 進 学 園 ホームページ

カテゴリー別アーカイブ: 学習ネットワークを考える会
戦争と死刑制度への疑問 志賀 直哉
世界では、ポルトガルやメキシコで、革命が起きます。
日本では、大逆事件が起き、韓国を併合します。
同じ1910年 、『白樺』 が創刊されます。
第一次世界大戦の惨禍が拡大し、反日運動も広がる中、国内では米騒動や普選運動が燃え上がります。
そのような社会状況に、『白樺』 は、戦争や死刑制度への疑問を訴え続けます。
武者小路実篤は、『又戦争か』『八百人の死刑』・・・を発表。
長與善郎が 『誰でも知ってゐる』を発表すると、『白樺』は発売禁止に。
志賀直哉も『挿話』『断片』『十一月三日午後の事』『或る男 其姉の死』を、次々と発表します。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
『断片』から 志賀直哉 著 1919年
どうしてかう心が沈むのだらう。
張りもはずみもない・・・
尤も昨日活動写真を見てゐて、第三師団兵の出征の実写で涙が出て来た。
一人々々の不安な恐怖が思ひ浮んだからだ。
此中にはもう死んだ人間も沢山あるのだ。
さう思ふと、それが現在目の前で動いて居るだけ妙に感じが強かつた。
死刑を一番重い刑罰としながら、戦争での死を名誉の戦死といふ。
義勇兵だけを出すならいいが、今の制度で、行きたくない人間を強制的に徴収し、そして死んだ時、家人に名誉と思へといふ。
それが人間に出来る位なら、死刑は一番怖ろしい刑罰にはなり得ない。
『志賀直哉全集 第三巻』 岩波書店
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
志賀直哉 1971年10月21日逝去 享年 八十八
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
写真 『日本の文学 第21巻 第22巻 』
中央公論社
詳しくは、『月刊 学びあう輪 1910年代と白樺派』を、お読み下さい。

前回の問題 解答 
カワウソタケは、サクラの木に発生します。
今日の問題 
「晩秋には珍しく南風が吹いて、妙に頭は重く、肌はじめじめと気持ちの悪い日だった。」を、書き出しとする志賀直哉の作品は、何でしょう。
開 進 学 園 ホームページ

和 服
十月のわくわく学習会のテーマは、
「衣服の遷り変わりと日本の歴史」。
学習会に参加された方の和服は、
とても素敵でした。

今年の学習会は、日本文化が軸です。
九月 日本のお菓子
七月 上方落語と東京落語
六月 俳句の力
五月 花道と華道
四月 茶の道
三月 日本史と能
二月 能の魅力
能・お茶・花・俳句・落語・和菓子のいず
れも、和服と深いつながりがあります。
これ以外の分野においても、日本文化と和
服は、密接な関係があります。
和食の良さが、食卓を豊かにしています。
和服も、日常生活でもっと着る機会が増え
るといいのですが。

前回の問題 解答 
会津では、元日に蕎麦を食べ、年越し蕎麦
は食べません。
今日の問題 
和服と着物は、どのように区別されるので
しょうか。
開 進 学 園 ホームページ

もんぺ 国民服
日中間で戦争が始まったころ、綿花と羊毛の
輸入額は、輸入総額の1/3を占めていました。
軍需物資の輸入を優先するため、綿花と羊毛の
輸入は、制限されます。
日常生活は、戦時体制一色に。
衣服の材料は、限られていきます。
和服を着ていた女性には、和服の上に着用して
活動しやすいようにと、もんぺが奨励されます。
洋装化していた男性には、ワイシャツもネクタイも
不要で、普段着としても、礼服としても、一着で済む
国民服が奨励されます。
写真は、『日本服飾史』 ( 増田美子 編 東京堂出版)

< 十月のわくわく学習会 >
一般民衆が来ていた衣服の遷り変わりに
焦点を当てながら、日本の歴史と衣服の
関係を探っていきます。
と き 10月17日(土) 14時~15時
ところ 開進学園
テーマ 衣服の遷り変わりと日本の歴史
参加費 100円
連絡先 電話 043-273-6613
メール wakuwaku@kaishin.jp.net

前回の問題 解答 
『万葉集』第142首の作者は、有間皇子です。
今日の問題 
衣料品の一人あたり需要量は、
1942年から1944年にどれほど
変化したでしょう。
開 進 学 園 ホームページ

衣服の遷り変わり わくわく学習会
< わくわく学習会 最近のテーマ >
九月 日本のお菓子
七月 上方落語と東京落語
六月 俳句の力
五月 花道と華道
四月 茶の道
三月 日本史と能
二月 能の魅力
一月 白樺派と大正前期
< 十月のわくわく学習会 >
一般民衆が来ていた衣服の遷り変わりに
焦点を当てながら、日本の歴史と衣服の
関係を探っていきます。
と き 10月17日(土) 14時~15時
ところ 開進学園
テーマ 衣服の遷り変わりと日本の歴史
参加費 100円
連絡先 電話 043-273-6613
メール wakuwaku@kaishin.jp.net
前回の問題 解答 
幼い長男の真規君です。
「遣り残したことばかり、後悔ばかりと思って
いたお母ちゃんの人生は、まあちゃんの
おかげで幸せな人生になったよ。」
今日の問題 
武家社会では、衣替えがどのように
定められていたでしょうか。
開 進 学 園 ホームページ

羊が三匹 羊羹の謎
九月のわくわく学習会のテーマは、
「日本のお菓子」。

「お菓子=くだもの」から始まった
日本のお菓子は、唐菓子の影響を
受けて「人為的な食品」へ変化、
禅宗の影響を受けて「饅頭」や「羊羹」
が誕生、南蛮菓子の影響を受けて
砂糖を使用した「甘いもの」が登場、
江戸時代に製菓技術が向上して風流な
「和菓子」に進化、明治時代に入り
洋菓子の影響を受ける、という変遷を
辿ってきた歴史を学びました。
その中で話題になった一つに、
羊羹がありました。
羊羹の文字をようーく見て下さい。
「羹」を分解すると、「羔」+「美」。
「羔」の訓読みは、「こひつじ」。
「美」は、「羊」+「大」。
「羊羹」には、「羊」が三匹も
含まれています。
『 和菓子のはなし 』 によれば、
中国における羊羹は、子羊(羔)の肉を
主にした汁物(羹・あつもの)でした。
日本に入った羊羹は、大豆・小豆・米・
山芋を主にした汁物(羹・あつもの)に
変化します。
南蛮菓子とともに砂糖が入ってくると、
小麦粉・葛粉・砂糖などを混ぜて蒸す
蒸羊羹が作られます。
その後、練羊羹や水羊羹も作られ、
羊とは無関係の「お菓子・羊羹」になり、
現代に至ります。

前回の問題 解答 
家屋の倒壊・流出 9000棟以上
死者・行方不明 4000名以上
今日の問題 
1599年に練羊羹が初めて試作された際の材料は、何でしょう。
開 進 学 園 ホームページ

六月 月見 饅頭
中秋の名月(九月)には、団子を供えて、
お月見をします。
「六月のお月見」は、聞き慣れません。
『和菓子の今昔』によれば、
江戸時代には、秋のお月見と並び、
六月にもお月見をしたそうです。
秋のお月見は、どの家でも行います。
六月のお月見は、特別の家しか
行いません。
その年に十六歳を迎えた若者が
いる家だけです。
秋のお月見は、十五夜や十三夜に
行います。
六月のお月見は、十六夜に行います。
主役は、十六歳を迎えた若者。
若者は、六月十六日の夜、
饅頭に箸で穴を空け、月を覗き観ます。
成人になる儀式でした。
九月のわくわく学習会は、日本の
お菓子が辿ってきた道を、探って
いきます。
< 九月のわくわく学習会 >
と き 9月12日(土) 14時~15時
ところ 開進学園
テーマ 日本のお菓子
参加費 100円
連絡先 電話 043-273-6613
メール wakuwaku@kaishin.jp.net

前回の問題 解答 
不遇を嘆いて詠んだのは、菅原道真です。
今日の問題 
六月の月見で、饅頭に穴を空けるのは、
何から作られた箸でしょう。
開 進 学 園 ホームページ

