カテゴリー別アーカイブ: 和歌を詠む

「ふみ」 開進学園叢書・歌集『香る代に』

 開進学園叢書・歌集『香る代に』
(二瓶カヨ子 作 千葉日報社)から、
「ふみ」に因んだ短歌を、三首紹介し
ます。

  
 世の極み解き明かさんと文事に 
  なじみて吾は日々に歩めど 

 さいはての江尻の友の便りには 
  ぬくもりあふるる波の音する 

 子を思うまことを筆に頼みつつ
  心の絵図を画きても見ん 
 
shikishi harimado
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

     前回の問題 解答
 東京からスピッツベルゲン島までの距
離は、6830kmです。

      今日の問題 
 1918年7月23日、富山県の魚津町(当
時)から始まったのは、何でしょう。
    

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「みどり」 開進学園叢書・歌集『香る代に』

 開進学園叢書・歌集『香る代に』
(二瓶カヨ子 作 千葉日報社)から、
「みどり」に因んだ短歌を、三首紹介し
ます。

  

 人の世はかくあるらしと思ひ来ぬ 
  城跡の森の濃緑の色 

 亡き人の思い出たどりなつかしむ 
  鎌倉宮の森のみどりを 

 風そよぐ大川べりの萱原に
  街の灯を見る君が家のあたり 
 
shikishi harimado
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

     前回の問題 解答
 6月23日は、踏切の日です。

      今日の問題 
 上歌の「城跡」とは、何城でしょう。
  A 雀ヶ城
  B 燕ヶ城
  C 鶴ヶ城
  D 鳩ヶ城
   

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『養生七不可』 杉田玄白

 杉田玄白が生を得ていたのは、激動の
時期でした。

 生まれる一年前に享保の大飢饉が始ま
り、続いて天明の大飢饉が起こります。
 農村では一揆が頻発し、街では打ち壊
しが続発します。
 江戸幕府は対応に追われ、享保の改革
や寛政の改革を行います。

 激動の嵐は、出生時の玄白を襲います。
 玄白を難産の末に産み終えた直後に、
母親は息を引き取ります。

 藩医の跡を継いだ玄白は、従来の医術
にこだわらず、実証的裏付けに基づいた
医術を目指し、蘭学の道を突き進みます。
 そのような医術との格闘の中から導き
だされたのが、『養生七不可』です。

 一 昨日の非は、恨悔すべからず。
 一 明日の是は、慮念すべからず。
 一 飲と食とは、度を過すべからず。
 一 正物に非れば、苟も食すべからず。
 一 事なき時は、薬を服すべからず。
 一 壮実を頼んで、房を過すべからず。
 一 動作を勤めて、安を好むべからず。

 杉田玄白 1804年四月十七日(太陰太
     陽暦・2018年のカレンダーで
     5月31日) 永眠
      享年 八十五

sugita genpaku

 

 

 

 

 

 

 

 

 

     前回の問題 解答
 ミチは、忠敬と二人で一ヶ月間に渡り、
東北地方を松島まで旅しました。

      今日の問題 
 次の歌を詠んだのは、だれでしょう。
  過し世もくる世もおなじ夢なれば
   けふの今こそ楽しかりけれ
    A 伊能忠敬
    B 杉田玄白
    C 徳川吉宗
    D 松平定信

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「花」 開進学園叢書・歌集『香る代に』

 開進学園叢書・歌集『香る代に』
(二瓶カヨ子 作 千葉日報社)から、
「花」に因んだ短歌を、三首紹介し
ます。

  
 静かなる心の奥をのぞき見ぬ 
  ばらの花咲く吾をいましむ 

 会津野は花咲き満ちて誰を待つ 
  今日もひそけく風になびきて 

 兄君は戦場の花と散り終えて
  いのち短く神にぞなり給う 
 
bara  appu  2016 05
 

 

 

 

 

 

 

 

     前回の問題 解答
 徳川家康と同じ1616年に亡くなった、
イギリスの劇作家は、シェークスピア
です。

      今日の問題 
 752年の四月九日(太陰太陽暦・2018年
のカレンダーで5月23日)、一万名余の僧
侶が参加して、何の開眼供養が行われた
でしょう。

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「徳川家康 日光へ改葬」 日光紀行 その三

 1617年の四月八日(太陰太陽暦・2018年
のカレンダーでは5月22日)、徳川家康は
日光に改葬されました。

 家康は、駿府(静岡)の南東にある久能
山に、いったん埋葬されます。
 一年後、久能山から見て、富士山の彼
方である北北西の方角に当たる日光へ、
改葬されます。

 日光は、江戸の街の真北にあたります。
 神(東照大権現)となった家康が、江戸
に南面しながら守護するのに最適と思わ
れたのでしょう。

 墓所は、日光東照宮の北方の山中にあ
ります。
 江戸時代には入れませんでしたが、現
代では宝塔の側まで行けます。

   嬉しやとふたたび覚めて一眠り
    浮き世の夢は暁の空

 家康の辞世です。
 久能山から起き出し、日光で長寝する
ことを、詠んだのでしょうか。

 「勝道上人像」日光紀行 その二

 「天海上人像」日光紀行 その一

nikkou okusya 2017 09

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

     前回の問題 解答
 dayとweekとmonthの字数は、
一日 → 一週 → 一月となるに従い、
一字ずつ増えています。

      今日の問題 
 徳川家康と同じ1616年に亡くなった、
イギリスの劇作家は、誰でしょう。

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新古今和歌集と後鳥羽上皇

 新古今和歌集が完成したとされるのは、
1205年三月二十六日(太陰太陽暦・2018
年では5月11日)。
 新古今和歌集を主導した後鳥羽上皇は、
その夜、次のように詠っています。

  石上古きを今にならべ来し
   昔の跡をまた尋ねつつ

 後鳥羽上皇が四歳(数え年)の時、木曾
義仲が京都を占拠したため、安徳天皇
(異母兄)は、西国へ逃れます。
 翌年、五歳にして天皇に即位します。

 二十一歳で、和歌所を設置。
 二十六歳で、新古今和歌集を完成させ
ます。
 その狙いを、『仮名序』では次のよう
に記しています。

 世を治めたり民の心をなごやかにした
りする道

 万民が、皆なびき従い、四方の海、秋
津島の全天下が静かに治まっている

 『新古今和歌集』峰村文人・訳 小学館

 時代は武士の天下となりつつありまし
たが、鎌倉幕府内では、将軍家と北条家
とが対立して、盤石とはいえません。
 後鳥羽上皇は、新古今和歌集の完成を
もって、文化の面において朝廷・貴族の
優位性を誇示することに成功します。
 続いて政治の面においても優位性を示
すため、承久の乱を起こしますが、敗北。
 逆に、北条家による全国支配を招いて
しまいます。

 後鳥羽上皇は、流された隠岐の島で新
古今和歌集の改訂を続けます。

 後鳥羽上皇 1239年三月二十八日(太陰
      太陽暦・2018年の5月13日)
       永眠
       享年 四十

shinkokin wakasyuu

 

 

 

 

 

 

 

 

 

     前回の問題 解答
 十分な抗鬱薬を服用した鬱病患者の寛
解率は、13~37%と言われています。

      今日の問題 
 新古今和歌集の第2首の作者は、だれ
でしょう。
  ほのぼのと春こそ空に来にけらし
   天の香具山霞たなびく

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千歳の桜は

 会津盆地の西端・旧新鶴村(現・会津美
里町)の水田に、一本の桜の古木が立っ
ています。
 植えられたのは1273年、鎌倉時代の
中期です。
 それ以来745年間に渡って風雪に耐え、
見事な花模様を身に纏ってきました。
 会津の人々に、農作業の開始時期がや
って来たことを告げるために。

 例年ならば連休中に満開となるところ
ですが、今年はすっかり葉桜となり、ほ
んの数枚花びらを残すだけでした。
 それでも、10.5mの幹周りを誇るベニ
ヒガンザクラは、悠然と会津盆地を見渡
していました。
chitose sakura miki 2018 
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 
 

 

 

 

 今から150年前、千歳桜はどのような
思いで、会津若松の城下を見つめていた
のでしょうか。

 戊辰戦争の最中、もののふ達は、年若
い白虎隊をはじめ、死地を求めて彷徨っ
ていました。
 もののふが出払った、家老・西郷家の
屋敷では、五女(享年 二)から祖母(享年
八十四)まで、計二十一名の子女が、次
々と命を絶っていきました。

 もののふは散るこそ道と急げども
  咲くこそ道と千歳の桜は

chitose sakura bandai 2018
 

 

 

 

 

 

 

 

     前回の問題 解答
 八十八夜という暦注は、立春から数え
て八十八日目の夜の遅霜に、注意を促し
ています。

 
      今日の問題 
 千歳桜の別名は、何でしょう。
    

 
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