1976年11月9日、野口英世は会津の地に
生を受けました。
同じ会津に生まれた北篤さんが、執筆された
野口英世の伝記を、開進学園に寄贈して下さい
ました。
『 正伝 野口英世』
北 篤 著
毎日新聞社
著作の一部を、以下に紹介します。
初めて男の子を授かり、この子こそ昔の
野口家にしてくれよう。祖先からの「清太郎」の
清に、よく耕作するため作をそえ、「清作」
(博士の幼名)という名をつけた。
その醜さと、異様な変形に、シカは思わず
目をとじてしまった。 <中略>
こんな手になっては、どうしたらいいやら、
百姓はできない。忙しさにかまけて、注意が
まわらなかったばかりに・・・。親の責任を感じ、
悲壮な決意をする。
体操は免除され、やがて悪童がその理由を
知る。そばにやってきて、ー お前の手は
すりこぎだ! とはやしたてるのだ。
清作は次第に学校が嫌になり、小学校
三年頃から、反発を示すようになった。
登校拒否である。
清作が十二歳頃から、第一位の成績に
出る。
清作は級長を命じられ、さらに翌年は
「生長」に任じられた。教師の足りない時代で、
生長は助教役であり、手当を支給された。
シカは十年余の心の重荷に、初めて安らぎと、
希望を見いだすのである。
前回の問題 解答
交換神経 濃く粘性がある唾液の分泌を促進
副交換神経 薄く大量の唾液の分泌を促進
今日の問題
1888年7月15日、十三歳の野口英世が
体験したのは、何でしょうか。
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