カテゴリー別アーカイブ: 大地の恵み

日陰の身から 檜舞台へ

  工事用の足場に押され、ブルーシートに囲まれ、椿はしょんぼりと日陰の身に。

    
  痛そうにしているならと、床の間に活けました。

  
  するとどうでしょう。
  檜舞台に立ったせいか、椿はそれまでの堅い蕾を開きだしました。
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応答する桜桃

  ご近所の方から頂いた桜桃の苗木を、自宅の庭に植えたのは、二十年以上前。
  植木はぐんぐん成長し、三月には一面花盛り。五月になると、さくらんぼの実をたくさん付けてきました。

  ところが、そのご近所の方が体調を崩され、千葉から離れた地で療養されることになりました。
  すると、桜桃の木が枯れ出します。
  樹勢は、衰えるばかり。
  ついには根元から切り倒せざるをえませんでした。

    
  それから三年、根元から小枝が伸び出しました。
  そして、先には蕾が。

   
  このところの温かい陽気に誘われて、小枝は一本だけ満開となりました。
  ご近所だった方の体調が、好転されたのではないでしょうか。
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私は花

  私は悲しい花。
  仲間が、花を咲かす前に摘み取られて。

  
  私は悲しい花。
  仲間が、高温の油風呂に入れられて。
   
  でも、私はもう悲しまない。
  人間のお腹に入った仲間の分まで、子孫を増やさなくちゃ。
  花茎に続いて伸びる葉茎も、またまた摘み取られるとしても。
  私は逞しく咲く花。
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油の菜

  開進学園のすぐ近くに広がる畑の一画に、菜の花が植えられています。
  菜の花といえば、おひたし。代表的な春の青菜です。
  
  
  一般的に菜の花と呼ばれている植物の大半は、アブラナ。
  漢字で書けば、油菜。

  
  江戸時代に、菜種から油を取り出せるようになりました。
  それまではエゴマから油を採っていましたが、高価なため庶民には手が届きません。
  菜種油を灯火に利用できるようになり、庶民の暮らしは一変。
  明るい夜長を楽しめるようになりました。
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白梅 紅梅

 開進学園から北北西の方角へ約600mの所に、梅
林園(習志野市)があります。
 およそ200本の梅は、今が盛り。

     

 奈良時代のころまでは、白梅が好まれていたよ
うです。
 『万葉集』に出てくる梅は、ほとんどが白梅と
見られています。
    霞立つ春日の里の梅の花
     花に問はむと我が思はなくに
 
       『万葉集 第1438首』
  

 平安時代になると、紅梅が好まれるようになり
ます。
 清少納言は、木の花に関する段の冒頭、次のよ
うに言い切っています。
    木の花は、濃きも薄きも紅梅。
           『枕草子 第34段』
  
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梅 香る

 塾舎の玄関を一歩入ると、梅の香りに包まれます。
 梅の別名は、匂草(においぐさ)、あるいは香散見草(かざみぐさ)。

  

 梅の香りは、古来たくさん詠まれてきました。
 奈良時代中頃、中臣清麻呂の歌です。
 
   梅の花香をかぐはしみ遠けども心もしのに君をしぞ思ふ
                    『万葉集 第4500首』 

  

 梅は、花が咲く前、蕾のころから香るようです。
 そこから生まれた格言。
    梅は蕾より香あり
 塾生もそれぞれに、大成する前から片鱗を示しています。

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土・敷き布団 雪・掛け布団

 三月に入ったとはいえ、暖房から抜け出せませ
ん。
 植物達は、寒気にさらされ続けているというの
に。
  

 ネギ君は、元気です。
 気温に比べ、地温はあまり下がりません。
 縄文人は、地面を掘り下げ、縦穴式住居で寒気
から身を守りました。

  

 ダイコン君も、元気です。
 植物達は、身を凍らせまいと、細胞内のデンプ
ンを糖に変えます。
 その結果、甘くなります。

   草も木も ひたすら身を伏せ 春を待つ
    土敷き布団に 雪掛け布団

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