〈 舞鶴港と『岸壁の母』 〉本州の海岸線一周 その78

 若狭湾は、東の越前岬から西の経ヶ岬まで、東西約100kmにもなる、日本有数の湾です。
 東寄りには敦賀湾が、西寄りには舞鶴湾が、深く入り込んでいます。
 それぞれの湾奥には、天然の防波堤に囲まれて、敦賀港と舞鶴港が古くから営まれてきました。

 舞鶴湾は、湾口から南へ進むと、東方へ延びる湾と西方へ延びる湾と、二手に分かれます。
 東側の湾奥は舞鶴東港、西側の湾奥は舞鶴西港、合わせて舞鶴港となっています。

 舞鶴港は、大別して二つの側面があります。
 一つは、北前船当時からの、商業港です。
 もう一つは、日露戦争当時からの、軍港です。

 軍港は、戦時下において出撃拠点となります。
 日露戦争後は、戦勝に沸き返りました。
 しかし、第二次世界大戦後は、敗戦処理に追われます。

 第二次世界大戦に際して、日本から大勢の軍人・軍属・民間人・・・が、中国本土などへ渡って行きました。
 敗戦に伴い、日本へ戻る=引揚げが行われます。
 当初は全国各港に引揚げ船が入港しましたが、敗戦から5年後以降は舞鶴港だけになります。

 舞鶴港は、敗戦から13年間に渡って、約66万人の引揚げ者を受け入れてきました。
 ただし、引き揚げて来るかもしれない息子を出迎えようと、引き揚げ船が入港するとの情報を聞きつける度に舞鶴港の岩壁へ出向くものの、息子に出会えないで帰途に就かざるをえない母親もいました。
 この姿を歌にしたのが、日本中のラジオから流れていたという『岸壁の母』(藤田まさと 作詞)です。

  母は来ました 今日もまた
   この岸壁に 今日も来た
    とどかぬ願いと 知りながら

京都府 舞鶴港

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      前回の問題 解答
 ヌーク(カラーリット・ヌナート)において、最も降雪が多い12月の平均降雪量は、247.2mmです。 
    
 

 
      今日の問題  
 『岸壁の母』において、次の◯◯に入る漢字二字は何でしょう。
  港の名前は◯◯なのに
   何故飛んで来てはくれぬのじゃ
       

 

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