出雲市の日本海岸に、岩肌の小島があります。
平安時代の前期、貴族であり宮廷画家だった巨勢金岡が訪れた際、刻々と移り変わる風光を描き切れずに筆を投げ出したことから、筆投島と呼ばれています。
巨勢金岡は、それまでの中国風の唐絵に対して、日本風の大和絵を形づくった画家です。
大和絵・巨勢派の始祖でもあります。
それほどの画家が筆を投げ出すとは、腑に落ちません。
筆投島を含む一帯の日本海岸は、「日が沈む聖地出雲」として、日本遺産に指定されています。
日が沈む先には、朝鮮半島が横たわっています。
巨勢氏は、朝鮮半島との外交や軍事に関わる中で、台頭してきた貴族です。
朝鮮半島のことは、絶えず念頭にあったでしょう。
『出雲風土記』によれば、「志羅紀の三埼から、島根半島の西部を引き寄せた」としています。
「志羅紀」はおそらく「新羅」でしょう。
出雲は朝鮮半島の一部だったとされているのです。
巨勢金岡は、こうした状況が絡んで、筆を置いたのかもしれません。

前回の問題 解答![]()
大炊御門経久の次の歌の◯◯に入る漢字二字は、「滝桜」です。
都まで音に聞えし◯◯
色香を誘へ花の春風
今日の問題
「巨勢」氏は、何と読むでしょう。
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