夏目漱石は、作家にあこがれては猛反対され、
建築家を目指すと一蹴されます。
夢が定まらなくては、学業に身が入りません。
「少しも勉強せず」、病気も重なり、落第します。
落第をきっかけとして、、一心不乱に勉学に
励みます。
問題は、英語でした。
英語が、「見るのもきらい」だったからです。
英語を学習せずに済むコースを進みますが、
大学予備門入学には英語が必須と分かり、
英語の猛勉強を開始します。
辞書を使用せず、
分からない箇所を飛ばしながら、
とにかく英文の本を多読する。
ついには、日本で初めての英文科の
第一期生になります。
さらには、イギリスへの英語留学生に
選ばれます。
その後、英文学者から国文学者へ、
そして作家として大成します。
しかし、『明暗』を執筆中、胃潰瘍を悪化させ、
1916年12月9日、帰らぬ人となります。
享年 四十九
詳しくは、地域情報紙 『 ぱぴるす 夏目漱石と
新渡戸稲造の学生時代 』 を、お読み下さい。
前回の問題 解答 
「火薬の原料となる硫黄の確保」です。
今日の問題 
『ぼっちゃん』に出てくる、「シャツ」と「手拭」と
「毛布」は、それぞれ何色でしょう。
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カテゴリー別アーカイブ: 開進学園
元寇と「神風」
元寇について、教科書には次のように
記されています。
文永の役
内紛や暴風雨ために引きあげました。
弘安の役
ふたたび暴風雨にあって大損害を受け、
引きあげました。
自然現象が二度とも、
元側にのみ打撃を与え、
日本側には打撃を与えなかったような
書き方です。
このような通説に対し、様々な資料を
駆使して、元寇の真相に迫ったのが、
次の作品です。
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『 蒙古襲来 』
服部英雄 著 山川出版社
文永の役が起きたのは、現行の太陽暦で
11月26日。11月の下旬に、九州北部を台風が
襲った記録はない。
夜中に風が吹いたので到着した翌朝に
帰ったという記述は、どの史書にもない。
弘安の役が起きたのは、現行の太陽暦で
8月23日。この日、大型台風が、九州地方、
中国地方、近畿地方を次々と襲った。、
元側の資料は、台風の被害が誇張されて
いる。勝利を得ずして帰還した口実にされた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
大型台風は、元軍にも、日本軍にも、襲い
かかりました。それ以上に、日本の広い地域に
甚大な被害をもたらしました。
元との戦闘の観点からのみ、この大型台風を
評価すると、とんでもないことになります。
元寇をくい止めたのは、「神風」のおかげ。
元寇をくい止めたのは、日本が「神国」だから。
1941年12月8日の太平洋戦争開始にも繋がる、
このような史観が底流となったままでは、
二度三度戦争が起きかねません。

前回の問題 解答 
「柿が赤くなると、医者が青くなる」です。
今日の問題 
『 蒙古襲来 』によれば、元寇の目的は
何でしょう。
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中島敦 私は蚕
中国の歴史と風土の中から出現したかのような
『山月記』 『弟子』 『李陵』 等々の作品。
漢文塾を開いていた祖父や、漢文の教師
(旧制銚子中学など)をしていた父の下、
漢文という産湯に浸かり、育ったならではの
格調高い作品。
これらの作品が誕生したのは、戦局が厳しく
なったころです。
1942年 2月 『山月記』 発表
6月 『弟子』 脱稿
7月 『光と風と夢』 刊行
10月 『李陵』 脱稿
12月4日 死去
中島敦 享年 三十三
中島敦の文学に対する思いを、 『光と風と夢』
から次に抜き書きします。
- - - - -
病気が行為への希求を絶って以来、人生とは、
私にとって、文学でしかなくなった。
文学を創ること。それは、歓びでもなく苦しみでも
なく、それは、それより言いようのないものである。
したがって、私の生活は幸福でも不幸でもなかった。
私は蚕であった。蚕が、みずからの幸、不幸に
かかわらず、繭を結ばずにいられないように、私は、
言葉の糸をもって物語の繭を結んだだけのことだ。
『日本の文学 36 』 中央公論社
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前回の問題 解答 
「メロン」です。
赤肉メロン クインシーメロン ・・・
白肉メロン ホームランメロン ・・・
青肉メロン アンデスメロン ・・・
今日の問題 
中島敦は、 『光と風と夢』の中で、夜明けを
どのような色と表現しているでしょう。
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赤梨 青梨
鎌ヶ谷の梨を頂きました。
千葉県は、梨の生産が第一位です。
県内の市町村別梨栽培面積は、
第一位 白井市
第二位 市川市
第三位 鎌ヶ谷市
の順になっています。
梨は、世界的に三区分されます。
和梨(日本梨)
中国梨
洋梨
果皮の色からは、二つに区分されます。
赤梨 幸水など
青梨 二十世紀など
熱を下げたり、のどの不快な症状を改善して
くれる梨を、大事に味わいたいと思います。

12月のわくわく学習会は、「色の文化
赤と白と青と」がテーマです。
赤と白の対比が目立つ中、梨の世界では
赤と青が対比しています。
< 12月のわくわく学習会 >
と き 12月19日(土) 14時~15時
ところ 開進学園
テーマ 色の文化 赤と白と青と
参加費 100円
連絡先 電話 043-273-6613
メール wakuwaku@kaishin.jp.net
前回の問題 解答 
五行説では、五色を次のように配当しています。
木ー青
火ー赤
土ー黄
金ー白
水ー黒
今日の問題 
青と赤と白に三区分される果物は何でしょう。
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床暖房
素足でも温かく、足も趾(足の指)も
のびのびさせながら学習できる環境が、
長年の夢でした。
塾舎新築に際し、その夢を実現しました。
足と趾を動きやすくして「第二の心臓」を
強めれば、脳内を流れる血流は増加し、
脳のはたらきは活発になります。
床は、木材を用いました。
木材は、衝撃をやわらげます。
木材は、温度の変化による皮膚への
刺激を小さくしてくれます。
暖房は、床暖房にしました。
足先から、全身に温かさが行き渡ります。
学習を長時間続けても、体はぬくもり、
頭はさえわたります。
ホルムアルデヒドがまったく出ないと
保証付きの、完全耐水特類合板を使用して
いる点でも、安心です。

、
前回の問題 解答 
三名とも、丙午の年の生まれです。
今日の問題 
夏目漱石は『吾輩は猫である』の中で、
頭寒足熱を何の徴と書いているでしょう。
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丙午の日
次の風説は、明らかにまちがっています。
「丙午の年に生まれた女性は、とんでもない
悪女になる」
「丙午の年は、災害が多い」
丙午は、六十干支で第四十三番を表す、
単なる符号にすぎません。
王朝が替わる度に年号が変更されて、年を
数えるのに混乱するので、通し番号として、
年に六十干支が中国で用いられ始めたのは、
今から2100年前ごろのことです。
一年一年に六十干支の通し番号を用いるより
はるか昔、一日一日に六十干支の通し番号を
用いていました。
今から3000年前ごろからと推定されています。
明治5年11月9日、明治政府は暦の変更を
突然発表します。
「12月3日から12月30日を無くする」
「12月2日の翌日を、1月1日とする」
翌年の暦がすでにできあがっている時期の
改暦に、世の中は大混乱に陥りました。
そんな世相をよそに、干支日は3000年来と
同様、変わることなく、連綿と時を刻み続けて
きました。
11月26日は、丙午。
60日後の1月25日も、丙午。
詳しくは、 月刊 学びあう輪
『 丙午 「火ーのー兄ーうま」から「ヘイゴ」へ 』を
お読み下さい。

前回の問題 解答 
柿のヘタ4~5枚とヒネショウガ一つまみを
煎じて飲みます。
今日の問題 
平時子(平清盛の正室)
杉村春子(女優)
江角マキコ(女優)
この三人の女性に共通していることは、
何でしょう。
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うつし世は
開進学園叢書・歌集 『 香る代に 』 から、
十一月に因む短歌を三首紹介します。
うつし世はさびしからずや紅葉なる
山肌にふれ秋をしのびつ
目に見えぬ時は過ぎゆく落葉して
秋たけにける今日もひそけく
生きぬべき道何れぞと迷いたる
今朝も静かに霜は消えゆく
写真は、晩秋の大川渓谷です。

前回の問題 解答 
「小学校就学前の子どもの声は、
規制する音から除外する」です。
今日の問題 
極みなき大海原に出でにけり
やらばや小舟波のまにまに
などの短歌を残し、1896年11月23日に
亡くなったのは、誰でしょう。
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