カテゴリー別アーカイブ: 本に囲まれて

日本の色と文化

 民俗的思考を、色彩との関係から迫ったのが、
次の作品です。
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    『江戸・東京はどんな色』
   小林忠雄 著  教育出版
 赤色と青色は、日本文化の基調
 白色は、奈良時代に禁色だった
 黒色は、粋な感覚
 黄色は、幸福を求める
   ・
   ・
   ・
 全国的に、白色は「イロ」と呼称されていた
 色彩で表現する感覚の伝承は、おそらく
日本人の多くが共有する最後の民俗文化
である。
  ー  ー  ー  ー  ー  ー  ー  ー
 12月のわくわく学習会は、赤と白と青を中心に
しながら、色に纏わる日本文化について考えて
いきます。


    < 12月のわくわく学習会 >
 と き  12月19日(土) 14時~15時
 ところ  開進学園
 テーマ  色の文化 赤と白と青と
 参加費 100円
 連絡先  電話  043-273-6613
       メール wakuwaku@kaishin.jp.net


    starblue 前回の問題 解答 starblue
 「赤シャツ」「赤手拭」「赤毛布」です。
     starpink 今日の問題 starpink
 『江戸・東京はどんな色』によれば、
大正時代に「進歩的な職業婦人」は
何と呼ばれていたでしょう。
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英語嫌いだった夏目漱石

 夏目漱石は、作家にあこがれては猛反対され、
建築家を目指すと一蹴されます。
 夢が定まらなくては、学業に身が入りません。
 「少しも勉強せず」、病気も重なり、落第します。
 落第をきっかけとして、、一心不乱に勉学に
励みます。
 問題は、英語でした。
 英語が、「見るのもきらい」だったからです。
 英語を学習せずに済むコースを進みますが、
大学予備門入学には英語が必須と分かり、
英語の猛勉強を開始します。
 
 辞書を使用せず、
 分からない箇所を飛ばしながら、
 とにかく英文の本を多読する。
 ついには、日本で初めての英文科の
第一期生になります。
 さらには、イギリスへの英語留学生に
選ばれます。
 その後、英文学者から国文学者へ、
そして作家として大成します。
 しかし、『明暗』を執筆中、胃潰瘍を悪化させ、
1916年12月9日、帰らぬ人となります。
      享年 四十九
 詳しくは、地域情報紙 『 ぱぴるす 夏目漱石と
新渡戸稲造の学生時代 』 を、お読み下さい。

    starblue 前回の問題 解答 starblue
 「火薬の原料となる硫黄の確保」です。
     starpink 今日の問題 starpink
 『ぼっちゃん』に出てくる、「シャツ」と「手拭」と
「毛布」は、それぞれ何色でしょう。
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元寇と「神風」

 元寇について、教科書には次のように
記されています。
     文永の役 
  内紛や暴風雨ために引きあげました。
     弘安の役
  ふたたび暴風雨にあって大損害を受け、
  引きあげました。
 自然現象が二度とも、
元側にのみ打撃を与え、
日本側には打撃を与えなかったような
書き方です。
 このような通説に対し、様々な資料を
駆使して、元寇の真相に迫ったのが、
次の作品です。
   

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     『 蒙古襲来 』
   服部英雄 著  山川出版社
 文永の役が起きたのは、現行の太陽暦で
11月26日。11月の下旬に、九州北部を台風が
襲った記録はない。
 夜中に風が吹いたので到着した翌朝に
帰ったという記述は、どの史書にもない。
 弘安の役が起きたのは、現行の太陽暦で
8月23日。この日、大型台風が、九州地方、
中国地方、近畿地方を次々と襲った。、
 元側の資料は、台風の被害が誇張されて
いる。勝利を得ずして帰還した口実にされた。
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 大型台風は、元軍にも、日本軍にも、襲い
かかりました。それ以上に、日本の広い地域に
甚大な被害をもたらしました。
 元との戦闘の観点からのみ、この大型台風を
評価すると、とんでもないことになります。
 元寇をくい止めたのは、「神風」のおかげ。
 元寇をくい止めたのは、日本が「神国」だから。
 1941年12月8日の太平洋戦争開始にも繋がる、
このような史観が底流となったままでは、
二度三度戦争が起きかねません。


    starblue 前回の問題 解答 starblue
 「柿が赤くなると、医者が青くなる」です。
     starpink 今日の問題 starpink
 『 蒙古襲来 』によれば、元寇の目的は
何でしょう。
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中島敦 私は蚕

 中国の歴史と風土の中から出現したかのような
『山月記』 『弟子』 『李陵』 等々の作品。
 漢文塾を開いていた祖父や、漢文の教師
(旧制銚子中学など)をしていた父の下、
漢文という産湯に浸かり、育ったならではの
格調高い作品。
 これらの作品が誕生したのは、戦局が厳しく
なったころです。
 1942年 2月  『山月記』 発表
        6月  『弟子』 脱稿
        7月  『光と風と夢』 刊行
       10月  『李陵』 脱稿
       12月4日 死去
   中島敦  享年 三十三
中島敦の文学に対する思いを、 『光と風と夢』
から次に抜き書きします。

    -   -   -   -   -
 病気が行為への希求を絶って以来、人生とは、
私にとって、文学でしかなくなった。
 文学を創ること。それは、歓びでもなく苦しみでも
なく、それは、それより言いようのないものである。
したがって、私の生活は幸福でも不幸でもなかった。
 私は蚕であった。蚕が、みずからの幸、不幸に
かかわらず、繭を結ばずにいられないように、私は、
言葉の糸をもって物語の繭を結んだだけのことだ。
          『日本の文学 36 』  中央公論社
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    starblue 前回の問題 解答 starblue
 「メロン」です。
 赤肉メロン クインシーメロン ・・・
 白肉メロン ホームランメロン ・・・
 青肉メロン アンデスメロン ・・・
     starpink 今日の問題 starpink
 中島敦は、 『光と風と夢』の中で、夜明けを
どのような色と表現しているでしょう。
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うつし世は

  開進学園叢書・歌集 『 香る代に 』 から、
十一月に因む短歌を三首紹介します。
 
   うつし世はさびしからずや紅葉なる
    山肌にふれ秋をしのびつ
   目に見えぬ時は過ぎゆく落葉して
    秋たけにける今日もひそけく
 
   生きぬべき道何れぞと迷いたる
    今朝も静かに霜は消えゆく

 写真は、晩秋の大川渓谷です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 
    starblue 前回の問題 解答 starblue
 「小学校就学前の子どもの声は、
規制する音から除外する」です。
 

     starpink 今日の問題 starpink
  極みなき大海原に出でにけり
   やらばや小舟波のまにまに
などの短歌を残し、1896年11月23日に
亡くなったのは、誰でしょう。
 

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青森の冬と麻布

 青森は、大飢饉に何度も見舞われるほど、
気候は過酷でした。
 江戸時代に入って、他の地方で木綿が採れる
ようになっても、青森では採れません。
 縄文時代から続く麻布に、頼るしかありません。
 青森の冬と麻布を中心に、東北地方の古布に
ついてまとめた本があります。
    『 みちのくの古布の世界 』
      田中忠三郎 編著
      河出書房新社

 この本の一部を、次に紹介します。

   -  -  -  -  -  -  -
 青森の集落では「村八分」の制裁があった。
 「二分」の火事と葬式だけは手伝うが、後は
かまわないという掟である。
 その中で一番つらい制裁は、麻畑を荒らされる
ことであったという。
 雪国に住む者にとって、衣服は欠かせない
ものであり、その材料の麻が手に入らなくなる
ことは、実に深刻な問題であった。
 麻はまた、漁網や釣り糸に加工したり、紐や
縄にもした。
 麻は生活の必需品であり、その意味は
大きかった。

   -  -  -  -  -  -  -
 
   < 11月のわくわく学習会 >
 と き  11月14日(土) 14時~15時
 ところ  開進学園
 テーマ  麻とともに歩んできた道
 参加費 100円
 連絡先  電話  043-273-6613
       メール wakuwaku@kaishin.jp.net


    starblue 前回の問題 解答 starblue
「雷無月」「初霜月」「時雨月」「小春」他。
     starpink 今日の問題 starpink
 青森に残る、麻の種まきを人にまかせられない
ことを表す言い伝えは、何でしょう。
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野口英世

 1976年11月9日、野口英世は会津の地に
生を受けました。
 同じ会津に生まれた北篤さんが、執筆された
野口英世の伝記を、開進学園に寄贈して下さい
ました。
 『 正伝 野口英世』
  北 篤 著
  毎日新聞社

 著作の一部を、以下に紹介します。
 
 初めて男の子を授かり、この子こそ昔の
野口家にしてくれよう。祖先からの「清太郎」の
清に、よく耕作するため作をそえ、「清作」
(博士の幼名)という名をつけた。
 その醜さと、異様な変形に、シカは思わず
目をとじてしまった。 <中略>
 こんな手になっては、どうしたらいいやら、
百姓はできない。忙しさにかまけて、注意が
まわらなかったばかりに・・・。親の責任を感じ、
悲壮な決意をする。
 体操は免除され、やがて悪童がその理由を
知る。そばにやってきて、ー お前の手は
すりこぎだ! とはやしたてるのだ。
 清作は次第に学校が嫌になり、小学校
三年頃から、反発を示すようになった。
登校拒否である。
 清作が十二歳頃から、第一位の成績に
出る。
 清作は級長を命じられ、さらに翌年は
「生長」に任じられた。教師の足りない時代で、
生長は助教役であり、手当を支給された。
 シカは十年余の心の重荷に、初めて安らぎと、
希望を見いだすのである。


    starblue 前回の問題 解答 starblue
 交換神経   濃く粘性がある唾液の分泌を促進
 副交換神経 薄く大量の唾液の分泌を促進
     starpink 今日の問題 starpink
 1888年7月15日、十三歳の野口英世が
体験したのは、何でしょうか。
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