〈 大河津分水 〉本州の海岸線一周 その51

 北へ北へと流れ下ってきた信濃川は、日本海まで約8kmの地点で日本海に並行するように北西へ進路を変えます。
 そして、日本一の水量を誇る信濃川は、越後平野に洪水をもたらします。

 特に1896年に起きた大洪水は、越後平野ほぼ全域を泥沼と化し、5ヶ月間が過ぎても泥水が引きませんでした。
 その結果、伝染病が蔓延し、1200人以上が亡くなりました。

 そこで、信濃川の水路を日本海へ短絡させて、本流の水量を調節する構想が具体化されます。

 1907年 工事決定
 1909年 工事開始
 1922年 通水開始
 1927年 自在堰陥没
 1931年 可動堰完成

 こうして造られた大河津分水は、洪水時に全水量を分水路へ流して、越後平野を洪水から守っています。
新潟県 大河津分水

〈 弥彦山 〉本州の海岸線一周 その50

〈 信濃川河口 〉本州の海岸線一周 その49

〈 阿賀野川河口 〉本州の海岸線一周 その48

〈 笹川流れ 〉本州の海岸線一周 その47

〈 県境を跨ぐ集落 隣家は他県 〉本州の海岸線一周 その46

〈 古代・鼠ヶ関と近世・念珠関 〉本州の海岸線一周 その45

〈 三崎海岸 秋田県と山形県の県境 〉本州の海岸線一周 その44

〈 象潟 九十九島 〉本州の海岸線一周 その43

〈 日本で最も低い山 大潟富士 〉本州の海岸線一周 その42

〈 海面より低い村 〉本州の海岸線一周 その41

 
 

      前回の問題 解答
 英語の「barefoot season」は、日本語で「素足の季節」に当たります。
   
 

 
      今日の問題  
 大河津分水の工事には、延べ何人が携わったとされているでしょう。
   A 約1万人
   B 約10万人
   C 約100万人
   D 約1000万人
       

 
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