東北地方太平洋沖巨大地震の発生から6ヶ月後の2011年8月、東北地方の太平洋沿岸(福島県・宮城県・岩手県・青森県)を、訪ねました。
石巻市の海岸地区は、建物の名残がまったくありません。
高台地区の家々が、以前と変わりなく立ち並んでいるように見えるのに対して、あまりにも対照的です。
その海岸地区に、「がんばろう 石巻」と横書きされた大看板が、立てられています。
大看板の周りにたくさんの花々が供えられた中、笹竹が一本立っています。
ささやかな七夕飾りに込められた想いは、重々しく、ズシリとしなっています。
牡鹿半島に入ると、入り江に面した浜辺という浜辺がすべて、集落全体が、跡形も無く消えています。
高台に残された墓石の数から、集落の規模が忍ばれます。
半島先端にある展望台の駐車場は、立ち入り禁止です。
大きな地割れが、無数に残っています。
ここは、今回の巨大地震による地殻変動が、最も激しかった地点です。
地盤が、水平方向に5.3mも移動し、1.2mも沈下しています。
半島東側にある東北電力・女川原子力発電所PRセンターは、扉を固く閉ざしています。 < つづく >

<東北地方太平洋沖巨大地震 震度分布図 2011年3月11日>
前回の問題 解答![]()
古代に「伊都岐嶋」と呼ばれていたのは、現代の「厳島(宮島)」です。
今日の問題![]()
東北地方太平洋沖巨大地震の震源地から最も近く、死者・行方不明者の数が最多だったのは、何市でしょう。
