亀石から東南東の方向へ500mほど離れた地点に、橘寺があります。
574年に欽明天皇の別宮で「聖徳太子」が誕生し、606年にその地を橘寺にしたと、言い伝えられています。
橘寺は、正式名称を「仏塔山上宮皇院菩提寺」といい、本堂の「太子堂」には「聖徳太子坐像」が本尊として安置されています。
ただし、皇太子が制度化されたのは、689年に飛鳥浄御原令(あすかきよみがはらりょう)が施行されてからです。
「聖徳太子」が亡くなって、67年後のことです。
摂政が導入されたのは、清和天皇が8歳で即位した、866年です。
「聖徳太子」が亡くなって、244年後のことです。
「聖徳太子」は、皇太子にも、摂政にも、なっていません。
「聖徳太子」の母親である穴穂部間人(あなほべのはしひと)は、蘇我馬子の妹です。
「聖徳太子」は、母方の実家=蘇我馬子の屋敷で誕生したと思われます。
「馬子の屋敷」で誕生したことから、「ウマヤド」が「厩戸」となり、「厩戸皇子」と呼ばれるようになったのでしょう。
「聖徳太子」は、伝説上の人物名です。
「厩戸皇子」が、歴史上の人物名です。
詳しくは、『開進学園だより 蘇我馬子と厩戸皇子』を、お読み下さい。
〈 西方向を向かないように踏ん張り続ける「亀石」 〉
大和紀行その11
〈 「鬼の俎(まないた)」と「鬼の雪隠 (せっちん)」〉
大和紀行その10
〈 中国地方(本州側)の最南端:室津 〉
本州の海岸線一周 その115
前回の問題 解答![]()
本能寺の変で消し去られた戦国の世の象徴的存在は、織田信長と「三十六種の茶道具(名物・唐物)」です。
今日の問題![]()
橘寺に建立されている、善面と悪面が刻まれた石造物は、何と呼ばれているでしょう。

