日本最古の足利學校

 渡良瀬川の右岸にある足利市駅(東武伊勢崎線)から、渡良瀬川を渡って、渡良瀬川の左岸にある足利學校を目指します。

 最初に出迎えてくれたのは、「入徳門」です。
 「入徳」とは、「道徳心を習得する場所=學校」へ入ることを表わしています。

 「入徳門」の奥に、「學校門」があります。
 「學校」の額が掲げられてある門は、日本国内でここだけです。

 「學校門」の奥に、「杏壇門」があります。
 「杏壇門」の奥に建つのは、孔子廟です。

足利学校 入徳門

 孔子廟の東隣には、北庭園と南庭園に囲まれて、「方丈」が建っています。
 「方丈」で、學生は講義を受けるなど学習を修めていました。

 足利學校の創建については、諸説あります。
  ○ 奈良時代の国学(地方ごとの教育機関)起源説
  ○ 平安時代の小野篁による創設説
  ○ 鎌倉時代の足利義兼による創設説
 いずれにしても、室町時代には學校として整っていたことが明らかで、日本最古の學校です。

 足利学校 方丈

〈 菅原道真のウメ伝説とウシ伝説 〉築紫紀行その9

〈 わらべ唄 ♬通りゃんせ♬ 発祥の地 〉川越紀行その6

 
 

     前回の問題 解答
 澤勇が序の口に在位したのは、合計で134場所です。 
           

 
 
     今日の問題  
 ザビエルは、足利學校を世界へどのように紹介しているでしょう。
 「日本国中最も〇にして、最も有名な板東の〇〇」
             

  

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