〈 わらべ唄 ♬通りゃんせ♬ 発祥の地 〉川越紀行その6

 川越城は、1457年、太田道灌と父・道真によって築城されました。
 その際、城内の鎮守とされたのが、三好野神社です。

 本殿(内宮)は、幕府の直営社で、一般の参拝はできません。
 拝殿(外宮)は、監視する中では、一般の参拝も可能でした。

 拝殿(外宮)へ至るためには、南大手門から入り、田曲輪門を通り、土塁に囲まれた田曲輪を抜けて行かなければなりません。
 その際、厳重な警備が敷かれます。
 特に城内情報が漏れないように、門から出る際には、入る時以上に厳しく監視されたようです。
 そこから、次の歌詞が生まれます。

  行きはよいよい
   帰りはこわい
    こわいながらも
     通りゃんせ
      通りゃんせ

 乳幼児の死亡率が高かった江戸時代、七歳まで無事に成長できたお礼参りは、恐怖に勝っていたのでしょう。
三好野神社

〈 川越城・本丸御殿 〉川越紀行その5

〈 川越城・中ノ門堀跡 〉川越紀行その4

〈 菓子屋横丁 〉川越紀行その3

〈 鐘撞堂・時の鐘 〉川越紀行その2

〈 土蔵造りの町並 〉川越紀行その1

〈 三池カルタ歴史資料館 〉築紫紀行その3

〈 秩父そば 〉秩父紀行その八

〈 神戸中華街・南京町 〉西摂津紀行その8

 

     前回の問題 解答
 糖化を避けるために、食事で注意することは、「ゆっくり」と「よく噛む」です。 
    

 
 
     今日の問題  
 乳幼児の死亡率が高かった江戸時代、「神のうち」とされたのは、何歳までのこどもでしょう。
          

 

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