カテゴリー別アーカイブ: 日本の旅

〈 六甲山地と『青い山脈』 〉西摂津紀行その3

 有馬温泉の南側、神戸市街地や西宮市街地の北側に、山並が続いています。
 最高峰の六甲山を始めとする、六甲山地です。

 今でこそ大都会の至近距離に広がる緑のオアシスですが、以前は様相を異にしていました。
 江戸時代、建築用材や燃料用材として、山林は盛んに伐採されました。
 江戸時代後期の開港に伴う市街地造成によって、森林伐採は加速度を増し、六甲山地は禿げ山と化しました。

 森林が無くなった六甲山地では、土砂崩れガ頻発し、大規模な水害が発生します。
 そこで、森林再生の機運が高まり、今日の緑のオアシスを回復したのでした。

 作曲家の服部良一は、六甲山地を眺めている時に、『青い山脈』の曲想が湧いてきたそうです。
  青い山脈 みどりの谷へ
   旅をゆく
    若いわれらに 鐘が鳴る
      作詞 西条八十

六甲山地

 〈 有馬温泉のねね橋 〉西摂津紀行その2

 〈 日本唯一の鉄道軌道平面交差 〉西摂津紀行その1

 〈 筑波山と鬼門封じ 〉筑波紀行その九
 

 
 
 

      前回の問題 解答
 水月湖の年縞は、約3万年前とされてきた姶良カルデラ噴火を、「30078±48年前」の精度で明らかにしました。
    
 

 
      今日の問題  
 六甲山地の最高峰・六甲山の標高は、何mでしょう。
   A 139m
   B 193m
   C 319m
   D 391m
   E 913m
   F 931m
       

 

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〈 舞鶴港と『岸壁の母』 〉本州の海岸線一周 その78

 若狭湾は、東の越前岬から西の経ヶ岬まで、東西約100kmにもなる、日本有数の湾です。
 東寄りには敦賀湾が、西寄りには舞鶴湾が、深く入り込んでいます。
 それぞれの湾奥には、天然の防波堤に囲まれて、敦賀港と舞鶴港が古くから営まれてきました。

 舞鶴湾は、湾口から南へ進むと、東方へ延びる湾と西方へ延びる湾と、二手に分かれます。
 東側の湾奥は舞鶴東港、西側の湾奥は舞鶴西港、合わせて舞鶴港となっています。

 舞鶴港は、大別して二つの側面があります。
 一つは、北前船当時からの、商業港です。
 もう一つは、日露戦争当時からの、軍港です。

 軍港は、戦時下において出撃拠点となります。
 日露戦争後は、戦勝に沸き返りました。
 しかし、第二次世界大戦後は、敗戦処理に追われます。

 第二次世界大戦に際して、日本から大勢の軍人・軍属・民間人・・・が、中国本土などへ渡って行きました。
 敗戦に伴い、日本へ戻る=引揚げが行われます。
 当初は全国各港に引揚げ船が入港しましたが、敗戦から5年後以降は舞鶴港だけになります。

 舞鶴港は、敗戦から13年間に渡って、約66万人の引揚げ者を受け入れてきました。
 ただし、引き揚げて来るかもしれない息子を出迎えようと、引き揚げ船が入港するとの情報を聞きつける度に舞鶴港の岩壁へ出向くものの、息子に出会えないで帰途に就かざるをえない母親もいました。
 この姿を歌にしたのが、日本中のラジオから流れていたという『岸壁の母』(藤田まさと 作詞)です。

  母は来ました 今日もまた
   この岸壁に 今日も来た
    とどかぬ願いと 知りながら

京都府 舞鶴港

〈 三方五湖 〉本州の海岸線一周 その77

〈 7万年間に及ぶ年代記・福井県年縞博物館 〉本州の海岸線一周 その76

〈 敦賀半島 〉本州の海岸線一周 その75

〈 気比の松原 〉本州の海岸線一周 その74

〈 白竜の滝 〉本州の海岸線一周 その73

〈 越前岬 〉本州の海岸線一周 その72

〈 東尋坊 〉本州の海岸線一周 その71

〈 大聖寺川河口 〉本州の海岸線一周 その70

〈 北前船の里資料館 〉本州の海岸線一周 その69

〈 安宅の関跡 〉本州の海岸線一周 その68

 
 
 

      前回の問題 解答
 ヌーク(カラーリット・ヌナート)において、最も降雪が多い12月の平均降雪量は、247.2mmです。 
    
 

 
      今日の問題  
 『岸壁の母』において、次の◯◯に入る漢字二字は何でしょう。
  港の名前は◯◯なのに
   何故飛んで来てはくれぬのじゃ
       

 

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〈 有馬温泉のねね橋 〉西摂津紀行 その2

 有馬温泉は、『日本書紀』にも記載されています。
 道後温泉や草津温泉と並ぶ、古い歴史を刻んでいます。

 8世紀には、高僧の行基が温泉寺を建立しています。
 12世紀には、高僧の仁西が湯治客のために12の宿坊を開設しています。
 16世紀には、大火に地震が重なり、衰退します。
 その惨状から復旧を図ったのが、豊臣秀吉です。

 豊臣秀吉は、戦乱が続く中、たびたび湯治に訪れています。
 湯治に同伴するのは、正妻のねね(おね・寧々・北政所)でした。

 有馬温泉の泉質には、炭酸ガス・ミネラル・鉄分・・・がたくさん含まれ、「婦人の湯」と呼ばれてきました。
 有馬温泉にある林渓寺の境内に立つ紅梅は、「はらみの梅」と呼ばれてきました。
 「婦人の湯」に「はらみの梅」が加われば子宝に恵まれると、言い伝えられてきました。
 湯には入っても梅の実が嫌いで食べないねねに、秀吉はどのように話しかけていたのでしょうか。

 有馬温泉を流れ下る六甲川に沿って、親水公園が整備されています。
 その上流側に架かっているのが、紅い欄干のねね橋です。

兵庫県 有馬温泉 ねね橋

 〈 日本唯一の鉄道軌道平面交差 〉西摂津紀行その1

 〈 筑波山と鬼門封じ 〉筑波紀行その九
 

 
 
 

      前回の問題 解答
 次の用例で適しているのは、➁です。
  ➀ 宇宙ロケットを発明する。
  ➁ 宇宙ロケットを開発する。
    
 

 
      今日の問題  
 長い間湯量不足に悩んでいた有馬温泉に、90度以上もの高熱泉(金泉)が出るようになったのは、いつからでしょう。
   A 1547年
   B 1647年
   C 1747年
   D 1847年
   E 1947年
       

 

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〈 三方五湖 〉本州の海岸線一周 その77

 若狭湾中ほどの湾沿いに、湖が五つ並んでいます。
 北寄りから、久々子(くぐし)湖・日向(ひるが)湖・水月(すいげつ)湖・管(すが)湖・三方(みかた)湖です。
 五つの湖を合わせて、三方五湖と呼ばれています。

 五つの湖の水質は、それぞれ違いがあります。
  久々子湖 淡水と海水が混在
  日向湖  海水
  水月湖  淡水と海水が混在
  管湖   淡水と海水が混在
  三方湖  淡水
 この水質の違いにより、五つの湖の水面の色は異なって見えます。

 三方五湖固有の魚には、イチモンジタナゴやモロコなどがいます。
 三方五湖固有の遺伝子を持つ魚には、ギンブナやタモロコなどがいます。
 冬には、日本最大の猛禽類である、オオワシやオジロワシが飛来します。
 これらの生物多様性が認められ、三方五湖はラムサール登録湿地に指定されています。

 三方五湖と若狭湾を一望できるとされる「三方五湖レインボーライン山頂公園」へ昇るため、リフトに乗ろうとすると、厚い霧に覆われて周りが見えません。
 それでも一縷の望みにすがって山頂へ向かうと、徐々に霧が薄まり、三方五湖が姿を見せ始めました。

福井県 三方五湖

〈 7万年間に及ぶ年代記・福井県年縞博物館 〉本州の海岸線一周 その76

〈 敦賀半島 〉本州の海岸線一周 その75

〈 気比の松原 〉本州の海岸線一周 その74

〈 白竜の滝 〉本州の海岸線一周 その73

〈 越前岬 〉本州の海岸線一周 その72

〈 東尋坊 〉本州の海岸線一周 その71

〈 大聖寺川河口 〉本州の海岸線一周 その70

〈 北前船の里資料館 〉本州の海岸線一周 その69

〈 安宅の関跡 〉本州の海岸線一周 その68

〈 能登半島・間垣の里 〉本州の海岸線一周 その67

 
 
 

      前回の問題 解答
 「フォッサマグナ」はラテン語で、「フォッサ」は「溝」、「マグナ」は「大きい」という意味です。
    
 

 
      今日の問題  
 『万葉集』の次の歌(第1177番・作者未詳)の、◯◯に入る漢字二字は何でしょう。
   若狭なる◯◯の海の浜清み
    い往き還らひ見れど飽かぬかも
       

 

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〈 7万年間に及ぶ年代記・福井県年縞博物館 〉本州の海岸線一周 その76

 人類が文字を用いて年代記を記し得たのは、数千年前からに過ぎません。
 それ以前の様子は、遺物によって断片的に想像するしかありませんでした。
 ところが、「年縞」という年代記で、7万年間の推移を統一的に把握できるようになりました。

 樹木を伐採すると、年輪が見られます。
 成長が速い時期と成長が遅い時期が交互に来るため、何年生育してきたかや一年ごとの様子が分かります。

 地層においても、春から秋にかけて有機物を多く含む層は暗い色に、晩秋から冬にかけて鉱物を多く含む層は明るい色になります。
 この明暗一対が、一年を表わします。
 「平均して0.7mmの層=一年分」を上から順に数えていけば、それぞれの層が何年前であるかが明らかになります。

 それぞれの層には、花粉・プランクトンの死骸・火山灰・黄砂・・・が含まれています。
 それらを手がかりにして、◯年前の様子が見て取れます。

 若狭湾岸にある三方五湖のうち、一番奥になる三方湖沿いに、福井県年縞博物館が建っています。
 ここには、三方五湖のうち水月湖で、垂直に掘られたボーリングコア約45m分が、横積みになって陳列されています。
 世界に類例を見ない、7万年間に及ぶ年代記です。

福井県 年縞博物館

〈 敦賀半島 〉本州の海岸線一周 その75

〈 気比の松原 〉本州の海岸線一周 その74

〈 白竜の滝 〉本州の海岸線一周 その73

〈 越前岬 〉本州の海岸線一周 その72

〈 東尋坊 〉本州の海岸線一周 その71

〈 大聖寺川河口 〉本州の海岸線一周 その70

〈 北前船の里資料館 〉本州の海岸線一周 その69

〈 安宅の関跡 〉本州の海岸線一周 その68

〈 能登半島・間垣の里 〉本州の海岸線一周 その67

〈 輪島の朝市 〉本州の海岸線一周 その66

 
 
 

      前回の問題 解答
 中世まで「卑賤な魚」とされていたのに、現代では「最高級の魚」とされている魚は、マグロです。
    
 

 
      今日の問題  
 年縞だけに特化した博物館は、世界中で「福井県年縞博物館」以外に存在するでしょうか。
       

 

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〈 マグロの解体ショー 〉伊勢志摩紀行 その九

 10月10日は、マグロの日です。
 日本鰹鮪漁業協同組合連合会(現・日本かつお・まぐろ漁業協同組合)が、1986年に制定しました。
 山部赤人がまぐろ漁を讃える次の歌を詠んだ日に、因んでいます。

  藤井の浦に 鮪釣ると 海人船騒き
  塩焼くと 人ぞさはにある 浦をよみ
  うべも釣りはす 浜をよみ
  うべも塩焼く あり通り
  見さくもしるし 清き白浜

 マグロは、一生の期間、一時も休まずに高速で泳ぎ続けます。
 マグロにとっての睡眠は、泳ぐ速度を落とすだけに過ぎません。

 マグロは、広大な海域を泳ぎ回るために、大量のエサを食べなくてはなりません。
 大量のエサを手に入れるためには、速度を上げて泳がなくてはなりません。

 泳ぐだけで充分なエサを確保できなければ、海面上に飛び上がってから海中へ落下してエサを得る場合もあります。
 マグロは、一見すると王者の風格を有していますが、働きずくめなのです。

 以前に訪れた伊勢のホテルで、マグロの解体ショーが行われていました。
 切な過ぎるマグロの最期でした。

伊勢 マグロの解体 1

伊勢 マグロの解体 2

伊勢 マグロの解体 3

伊勢 マグロの解体 4

〈 伊勢神宮の式年遷宮 〉伊勢志摩紀行 その八

〈 本州最北端 大間崎 〉本州外周 その28

 
 
 

      前回の問題 解答
 ヌーク(カラーリット・ヌナート)において、降水日(1mm以上の降水があった日)が一番多い8月で、降水日は平均して10.0日です。
    
 

 
      今日の問題  
 中世まで「卑賤な魚」とされていたのに、現代では「最高級の魚」とされている魚は、何でしょう。
       

 

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〈 敦賀半島 〉本州の海岸線一周 その75

 東西に長い湾口を持つ若狭湾の東端部に、若狭湾の支湾=敦賀湾があります。
 その敦賀湾の西側に突き出ているのが、敦賀半島です。
 湾奥にある敦賀港にとっては、北西の季節風から守ってくれる、天然の防波堤となっています。

 敦賀半島の西岸を進むと、車で行けるのは北端の集落・立石までです。
 立石集落から立石岬灯台までは、歩いて数100mほどだそうですが、草が生い茂っていて、草刈り機なしで進むのは断念せざるをえません。

 立石岬灯台は、日本海側で二番目に建設された、古い歴史を持っています。
 敦賀市のシンボルとなっていて、敦賀市の市章にもデザインされています。

 敦賀半島の北西端には敦賀原子力発電所が、敦賀半島の北東端には美浜原子力発電所が、あります。
 さらに実験炉・もんじゅなども加わり、敦賀半島は「原発銀座」と呼ばれています。

 原子力発電所の密集に加えて、活断層との関係も問題になっています。
 敦賀原子力発電所は浦底断層の真上に立地し、美浜原子力発電所は白木・丹生断層のすぐ傍に立地しています。
 敦賀半島では、「活断層銀座」と「原発銀座」が同居しています。

福井県 敦賀半島 先端部

〈 気比の松原 〉本州の海岸線一周 その74

〈 白竜の滝 〉本州の海岸線一周 その73

〈 越前岬 〉本州の海岸線一周 その72

〈 東尋坊 〉本州の海岸線一周 その71

〈 大聖寺川河口 〉本州の海岸線一周 その70

〈 北前船の里資料館 〉本州の海岸線一周 その69

〈 安宅の関跡 〉本州の海岸線一周 その68

〈 能登半島・間垣の里 〉本州の海岸線一周 その67

〈 輪島の朝市 〉本州の海岸線一周 その66

〈 能登半島・白米の千枚田 〉本州の海岸線一周 その65

 
 
 

      前回の問題 解答
 体内に入ったペルフルオロオクタンスルホン酸(PFOS)の95%を排出するのに、約40年かかります。
    
 

 
      今日の問題  
 日本海側で二番目という古い歴史を持つ立石岬灯台は、何年に建設されたでしょう。
       

 

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