『 蘇我馬子と厩戸皇子 』 1月の開進学園だより

 蘇我馬子と厩戸皇子は、日本列島各地で牧(ウマの放牧地)が拡大し、日本がウマの輸入国からウマの輸出国へ転換した六世紀に、生まれています。
  蘇我馬子 550年(午年)の生まれ
  厩戸皇子 574年(午年)の生まれ

 厩戸皇子の父方の祖母は、馬子の姉です。
 厩戸皇子の母方の祖母は、馬子の妹です。
 それ故、厩戸皇子の出産場所は、母親の実家である馬子の屋敷だった可能性があります。
 「馬子の屋敷」で生まれたから、「ウマヤド」 → 「厩戸」となったのかもしれません。

 厩戸皇子は、推古天皇の皇太子や摂政になって、冠位十二階や憲法十七条の制定など、政事を主導したという見方もあります。
 しかし、皇太子や摂政は、厩戸皇子よりも後世に制度化されています。
 冠位十二階や憲法十七条の制定など政事を主導したのは、蘇我馬子です。
 大化改新を起こして蘇我氏を駆逐しようとした勢力が、「蘇我馬子による治政」を「厩戸皇子改め聖徳太子による治政」へ、改変したのです。

 蘇我馬子の墓と推定される石舞台遺跡は、墳丘の盛り土がすっかり削り取られ、地中深くに設置されていたはずの玄室が野晒しになっています。

page001

『 黒い砂・白い砂・黄色い土 』
   12月の開進学園だより

『 クマとの遭遇 』 11月の開進学園だより

『 サハラ・サバク 』 10月の開進学園だより

『7月26日から9月7日までの間に 』
    9月の開進学園だより

『 余部鉄橋から新余部橋梁へ 』
   8月の開進学園だより

『 大の里・照ノ富士・澤勇 』
    7月の開進学園だより

『 阿蘇海・天橋立・与謝海 』
   6月の開進学園だより

『 つれづれなるままに 』
   5月の開進学園だより

『 東京湾・伊勢湾・若狭湾 』
   4月の開進学園だより

 

     前回の問題 解答
 耳成山から南方へ約1kmの地点にあるのは、藤原京の跡です。
          

 
 
     今日の問題  
 摂政が導入された年と、皇太子が制度化された年は、それぞれ何年でしょう。
       

    

    夢を実現する学習塾  開 進 学 園
      ー ホームページ ー

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です