房総丘陵で産出された薪や炭は、久留里に集積さ
れ、川船で小櫃川を下り、木更津からは海船で江戸
湾を渡って行きました。
その久留里に、小櫃川を外堀にして、城山の山中
に城が築かれます。
久留里城は、雨城とも呼ばれます。
築城してから、三日に一度の割合で雨が降ったか
らだそうです。
久留里城内には、男井戸・女井戸があります。
この井戸(溜め井戸)は、水が絶えることがなく、
敵軍に包囲されても、長期間籠城し続けられたそう
です。
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前回の問題 解答
日本で初めて編集された編年体の歴史書は、『日本
書紀』です。
今日の問題
小櫃川は、薪や炭の集散地に由来して、別名を何と
呼ばれるでしょう。
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