茶室は戦国の世を その13

 茶の湯は、茶会と称して、大広間で行われていました。
 参加者は大人数で、多くの名物・唐物に囲まれて、催されました。

 やがて、大広間から書院の間へ、移ります。
 参加する人数は減りますが、名物・唐物を飾った中で行われる点では変わりません。

 その後、大広間とも、書院の間とも異なる、茶の湯専用の間=茶室を設ける動きが出てきます。

 初めて茶室を設けたとされるのは、村田珠光です。
 広さは、四畳半でした。   < つづく >

 
茶室 松花堂

 茶室は戦国の世を その12

 茶室は戦国の世を その11

 茶室は戦国の世を その10

 茶室は戦国の世を その9

 茶室は戦国の世を その8

 茶室は戦国の世を その7

 茶室は戦国の世を その6

 茶室は戦国の世を その5

 茶室は戦国の世を その4

 茶室は戦国の世を その3

 千利休と豊臣秀吉 その15

 

     前回の問題 解答
 『笹笛橋』三番の○に入る漢字一字は、「夢」です。
   ○のなごりの 笹笛橋よ
                      

 
 
     今日の問題  
 村田珠光は、何茶の創始者と言われているでしょう。
       

    

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