カテゴリー別アーカイブ: 開進学園

グローバル化と鎖国 その四

 「鎖国」によって国内的にも対外的にも平穏な日々を
送れると、喜んでいる人々ばかりではありません。
 ヨーロッパ諸国に対抗して、「拡大再征戦」を始める
べきという考えが、ペリー艦隊の来航を前後して、急
速に高まります。
 長州藩士や薩摩藩士などによる「尊王攘夷論」です。

 攘夷論の矛先は、当初はアメリカやイギリスなどへ
向けられました。
 やがて自らの非力を悟ると、より非力な琉球・台湾
・朝鮮へ矛先を向けていきます。

 倒幕へ立ち上がった勢力は、明治政府から、大日本
帝国へ、さらに大東亜共栄圏へ、突き進みます。
                 <つづく>

   グローバル化と鎖国 その三

   グローバル化と鎖国 その二

   グローバル化と鎖国 その一

 写真は、船乗り達が恐れおののく「南緯40度台」の
激しく上下動する船尾の様子です。

フォーボー海峡 横断 船上

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

       前回の問題 解答
 小櫃川は、薪や炭の集散地に由来して、久留里川と
も呼ばれます。
     

  
        今日の問題 
 攘夷論の夷狄が指す四つの異民族は何でしょう。
                 

 
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いつから「日本」に その三

 本来ならば『日本書紀』に、日本という国号の開始
時期が、明示されてしかるべきです。
 「日本という国家の正統な歴史」を明らかにするため
に、四十年もの長い歳月を費やして完成させた歴史書
なのですから。

 しかしながら『日本書紀』に、「日本」という国号に
ついて言及している箇所は、見当たりません。
 あえて言及するまでもないほど、当時の人々にとっ
て、分かりきった内容だったのでしょうか。
 「日本」という国号を用い始める以前の歴史と、「日
本」という国号を用い始めて以降の歴史と、両者の整
合性を説明できないために、言及できなかったのでし
ょうか。             <つづく>

  いつから「日本」に その二

  いつから「日本」に その一

日本書紀

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

       前回の問題 解答
 笹川は、小櫃川の支流です。
     

  
        今日の問題 
 日本で初めて編集された編年体の歴史書は、何でし
ょう。
                 

 
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グローバル化と鎖国 その三

 豊臣秀吉による「拡大再征戦」の行き詰まりを観た徳
川家康は、国外より国内での拡大再生産に励みます。

 外様大名に対して、戦によらず、「武家諸法度」など
を盾にして改易や転封を命じ、譜代大名の領地を増や
していきます。

 新田開発や干拓を推進し、封建政治の経済的基盤た
る水田の面積を、飛躍的に拡大させます。

 「鎖国」と呼ばれる海外貿易制限は、キリスト教取り
締まりなどの理由があるものの、海外貿易を拡大すれ
ば必然的に「拡大再征戦」へ繋がり、江戸幕府を崩壊さ
せかねないと危惧したからかもしれません。
                  <つづく>

   グローバル化と鎖国 その二

   グローバル化と鎖国 その一

 写真は、船乗り達が恐れおののく「南緯40度台」の
激しく上下動する船尾の様子です。

フォーボー海峡 横断 船上

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

       前回の問題 解答
 「土潤うて溽暑し」の「溽」は、「むし」と読みます。
     

  
        今日の問題 
 江戸幕府が成立して四年後に来日した朝鮮使節団
は、総勢何人だったでしょう。
   A 104人
   B 204人
   C 304人
   D 404人
   E 504人
                 

 
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いつから「日本」に その二

 「日本国」の誕生日に当たるのは、「建国記念日」とさ
れています。
 推古「天皇」の九年(601年)を基準とし、そこから12
60年前の元日(紀元前660年)に、神武「天皇」が即位し
たとされます。
 太陰太陽暦の元日(紀元前660年)を、太陽暦に直す
と、2月11日になるのだそうです。
 この伝承は、あくまでも「初代天皇」の即位に関する
ものであり、「日本」という国号とは何ら関係はありま
せん。

 神武「天皇」の即位から1380年後の720年、『日本書
紀』が成立します。
 日本史に関わるどの本にも、文献上で初めて「日本」
が用いられるのは『日本書紀』と書かれています。
 それゆえ、「日本」という国号が使用され始めるは、
720年より以前となります。     <つづく>

  いつから「日本」に その一

日本書紀

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

       前回の問題 解答
 次の書き出しで始まる物語名は、『二十四の瞳』で
す。

  十年をひと昔というならば、この物語の発端は今
 からふた昔半もまえのことになる。
     

 
        今日の問題 
 『日本書紀』は、編集開始から完成まで、何年を要
したでしょう。
   A 10年
   B 20年
   C 30年
   D 40年
   E 50年
                 

 
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〈 瞳の輝き 〉 開進学園叢書・歌集『香る代に』から

  開進学園叢書・歌集『香る代に』
(二瓶カヨ子 作 千葉日報社)から、
〈 瞳の輝き 〉に因んだ短歌を、紹
介します。

  新任の君が瞳の輝きに 
   既知なる思ひに満つるは奇しき 

  進みゆく世にさまたげのありとして 
   君が瞳の強く輝く 

  瞳合う度にきらめく輝きを
   見のがせじとぞ生命の深き 

 〈 謡 〉
   開進学園叢書・歌集『香る代に』から


 〈 友 〉
   開進学園叢書・歌集『香る代に』から


 〈 卓球 〉
    開進学園叢書・歌集『香る代に』から


 〈 まこと 〉
    開進学園叢書・歌集『香る代に』から


 〈 子を思ふ 〉
   開進学園叢書・歌集『香る代に』から


 〈 寒 〉
    開進学園叢書・歌集『香る代に』から


 〈 乙女 〉
    開進学園叢書・歌集『香る代に』から


 〈 秋 〉
    開進学園叢書・歌集『香る代に』から


 〈 思ひ 〉
    開進学園叢書・歌集『香る代に』から


 〈 命 〉
    開進学園叢書・歌集『香る代に』から


shikishi harimado (2)
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 
 

       前回の問題 解答
 第二次朝鮮出兵(慶長の役)から二年後、イギリスは
東洋における植民活動のために、東インド会社を設立
します。
     

 
        今日の問題 
 次の書き出しで始まる物語名は、何でしょう。

  十年をひと昔というならば、この物語の発端は今
 からふた昔半もまえのことになる。
                 

 
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グローバル化と鎖国 その二

 ヨーロッパ諸帝国による地球分割戦争に加わる動き
が、日本でも起こります。

 群雄割拠の戦国時代を制し、諸大名を束ねる「日本
国王」に上り詰めた豊臣秀吉は、中国・フィリピン・イ
ンド・・・を従える「大王」を夢想します。
 先陣を切った朝鮮で手痛い反撃に遭い、野望は頓挫
を来しますが。

 秀吉の野望は、どこから来たのでしょう。
 織田信長の後を継いで以降、次々に対抗勢力を圧倒
し、勢いに乗じた面もあるでしょう。
 本質的には、「拡大再征戦」に立脚していたと思われ
ます。

 秀吉に服属しない大名に戦を仕掛けて撃破すれば、
敗れた大名の領地を、秀吉配下の大名達に分与できま
す。
 日本国中を平定すると、国内に新たに分与できる領
地がなくなります。
 秀吉配下の大名達に分与する領地は、国外に求めざ
るをえません。
 秀吉による朝鮮出兵は、「拡大再征戦」の第一弾でし
た。              <つづく>

   グローバル化と鎖国 その一

 写真は、船乗り達が恐れおののく「南緯40度台」の
激しく上下動する船尾の様子です。

フォーボー海峡 横断 船上

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

       前回の問題 解答
 旧茂木邸(現・野田市郷土博物館・市民会館)が建てら
れた翌年の1925年、日本初のラジオ放送が開始されま
した。
     

 
        今日の問題 
 第二次朝鮮出兵(慶長の役)から二年後、イギリスは
東洋における植民活動のために、何を設立したでしょ
う。
                 

 
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いつから「日本」に その一

 「いつから『日本』と呼ぶようになったのですか」
 このような質問を受けたのは、梅雨も盛りのころ
でした。

 あわてて日本史の教科書や資料集や辞典類に当た
りましたが、いずれも、「いつから『日本』という
国号が使われたか」について、言及されていません。

 「日本」という国号・国名が長らく用いられてきて
いるにもかかわらず、「いつから『日本』と呼ぶよ
うになったか」が明らかでないとは、どういうこと
なのでしょう。
 言及されている文献が手元に見当たらないとなれ
ば、興味は高まるばかりです。   <つづく> 

日本書紀

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

       前回の問題 解答
 ジェイムズ・クックの航海日誌の( )に入る語句は、
次の通りです。
 
  視界に入るのは、(森)と岩のごつごつした(絶壁)
 ばかりである。
  海沿いの陸地や湾の岸辺、また島などは、いずれ
 も深い(森)に覆われている。
     

 
        今日の問題 
 『日本書紀』が成立したのは、何年でしょう。
                 

 
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