カテゴリー別アーカイブ: 開進学園

謎の「3単現」 その一

 現在のことを表わして助動詞を用いない英文において、主語が3人称で単数の場合、一般動詞に-sまたは-esを付けた形は、「3人称・単数・現在形」略して「3単現」と呼ばれています。
   I like soccer.
   Ken likes soccer.
 この「3単現」が、中学一年生の英語学習における苦難の一つになっています。

 「へー、3人称って、3人を表わしているんじゃないんだ」

 英語の1人称と2人称と3人称の区別を説明すると、それでようやく分かったと塾生が喜んでくれました。
 どうやら、「3人称」を「3人のこと=3人・称」と、思い込んでいたようです。

 「3人称」が「3人・称」なら、複数です。
 「2人称」も「2人・称」で、複数です。
 「1人称」は「1人・称」で、単数です。
 これでは、「3人称」と「単数」が結び付きません。 
          < つづく >

「英語の歴史】

 
 『英語しりとり』 5月の開進学園だより

 
 

     前回の問題 解答
 100g当たりのカルシウム量において、干しヒジキの1400mgは、小松菜の290mgの、約4.8倍です。 
            

 
 
     今日の問題  
 playの「3単現」は、何でしょう。
             

  

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『 大の里・照ノ富士・澤勇 』 7月の開進学園だより

 2025年五月場所において、最高位から二番目(東大関)は大の里で、最下位から四番目(東序の口24枚目)は澤勇(さわいさむ)でした。

 大の里は、序の口・序二段・三段目・幕下の下位と中位を経験せずに、2023年五月場所に幕下10枚目で初土俵を踏みます。
 以後13場所をすべて勝ち越し、優勝も重ねて横綱へ昇進しました。

 澤勇は、同じ期間の13場所をすべて負け越しています。
 一場所だけ序二段に昇ったものの、残りは序の口です。
 三段目以上の経験がないまま、大相撲で最古参の力士となりました。

 澤勇が初土俵を踏んでから19年後に、照ノ富士が初土俵を踏みます。
 序の口から順調に番付を上げ、大関まで昇進します。
 しかし、両膝の負傷に加えて、糖尿病・C型肝炎・肝臓結石を患います。
 大関はもちろん、陥落が続いて序二段まで降格します。
 そこから反転攻勢が始まります。
 「番付を上げる楽しみを味わえる」という、前向きな気持ちに支えられて、ついには横綱へ昇進を遂げます。
 「番付最底辺の序の口」から「番付準頂点の大関」へ、「番付準底辺の序二段」から「番付最頂点の横綱」へ、二度に渡る大躍進を果たした力士は初めてです。

 一方の澤勇は、「番付最底辺の序の口」で全休し、<番付外>へ降格します。
 その<番付外>は、9場所連続(約2年間)に及びます。
 「序の口」の番付に昇るための[前相撲]を三回も経験しながら、2025年五月場所後の引退まで、33年間ひたすら相撲を取り続けました。

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『 阿蘇海・天橋立・与謝海 』 6月の開進学園だより

『 つれづれなるままに 』 5月の開進学園だより

『 東京湾・伊勢湾・若狭湾 』 4月の開進学園だより

『 磁極の南北逆転 』 3月の開進学園だより

『 能登はやさしや土までも 』 2月の開進学園だより

『 四肢を超えたヘビ 』 1月の開進学園だより

『 しなざかる 』 12月の開進学園だより

『 二つのヘルツ 』 11月の開進学園だより

『 太古のニホン島 』 10月の開進学園だより

 
 

     前回の問題 解答
 響灘(川尻岬から宗像市まで)より西側の海域は、玄界灘です。
           

 
 
     今日の問題  
 澤勇が序の口に在位したのは、合計で何場所になるでしょう。
             

  

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千利休と豊臣秀吉 その11

 1591年の二月二十八日(太陽暦では4月21日)、京都の街は、雨脚が強く、2cmもの大粒の雹も降り、雷も鳴り響く、異様な天気に覆われていました。
 これから起こる悲劇の序曲が、大音響とともに奏でられ出したかのように。

 千利休が控える屋敷は、3000名もの兵士によって、守り固められています。
 武将達のいずれかが、師と仰ぐ利休を助け出すために、進撃してくると思われたからです。

 天空や屋敷外の喧噪を余所に、屋敷の中は静まり返っています。
 利休は、最期の一服を飲み干すと、白装束に着替え、腹を切ります。
 白装束をほとばしる鮮血で染め上げながら、傍らにこの辞世を残して。

  人生七十 力囲希咄 吾這宝剣 祖仏共殺
  提る 我得具足の 一太刀 今此の時ぞ 天に抛
 
 秀吉が利休へなぜ切腹を命じたかは、500年を過ぎても、諸説が錯綜しています。
           < つづく >

茶室 松花堂

 千利休と豊臣秀吉 その10

 千利休と豊臣秀吉 その9

 千利休と豊臣秀吉 その8

 千利休と豊臣秀吉 その7

 千利休と豊臣秀吉 その6

 千利休と豊臣秀吉 その5

 千利休と豊臣秀吉 その4

 千利休と豊臣秀吉 その3

 千利休と豊臣秀吉 その2

 千利休と豊臣秀吉 その1

 皐月の歴史・水無月の歴史 その七

 いつから「日本」に その八

 
 

     前回の問題 解答
 トリでありながらトリでない漢字は、「烏」です。
           

 
 
     今日の問題  
 千利休の辞世の最後・「天に抛」は、何と読むのでしょう。
             

  

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千利休と豊臣秀吉 その10

 京都から関東地方の小田原まで豊臣秀吉に随行してきた千利休は、東北地方の会津へは向かわず、京都へ戻ってしまいます。

 秀吉が奥羽仕置に精を出している最中であるにも関わらず、利休は、京都へ帰着するやいなや、茶会を繰り返します。
 さらに、『利休百会記』に記された茶会を精力的に催し続けます。

 利休が会津まで随行せずに京都へ戻ったのは、小田原の陣中における出来事が関係しているかもしれません。

 利休は、陣中で竹製の花入れを作り、秀吉へ差し出しました。
 すると秀吉は、差し出された花入れを地面へ投げつけたそうです。

 何故にそのような挙動を取ったのか、利休にとってはすごくショックだったでしょう。
 手製の花入れを無下にされたことに止まらず、茶の湯に関わる品々を身近な素材に替えようした矢先であれば尚更のこと。    < つづく >

茶室 松花堂

 千利休と豊臣秀吉 その9

 千利休と豊臣秀吉 その8

 千利休と豊臣秀吉 その7

 千利休と豊臣秀吉 その6

 千利休と豊臣秀吉 その5

 千利休と豊臣秀吉 その4

 千利休と豊臣秀吉 その3

 千利休と豊臣秀吉 その2

 千利休と豊臣秀吉 その1

 皐月の歴史・水無月の歴史 その七

 いつから「日本」に その八

 
 

     前回の問題 解答
 「三連アーチ橋・中橋」は、完成してから89年経過しています。  
         

 
 
     今日の問題  
 利休は、京都へ戻った秀吉との仲を取り戻せたでしょうか。
            

  

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千利休と豊臣秀吉 その9

 1590年、西日本から東日本へ目を転じた豊臣秀吉は、関東地方の平定を目指します。
 小田原城内に立て籠もる北条氏を滅ぼすと、わずか四日後には、道路普請の命令を発します。
 「小田原から黒川(後の会津若松)までの街道(約300km)を、幅三間(約5.4m)に拡張し、整備せよ」と。

 秀吉は、徳川家康の領地を江戸に替えさせるとともに、関東地方の支配を家康に任せます。
 自身は、拡張整備された街道を北進して関東地方を抜け、会津へ入ります。

 それまで会津地方を領有していた伊達正宗を排除し、蒲生氏郷の領地を会津に替えさせるとともに、東北地方の支配を氏郷に任せます。
 こうして、九州地方から東北地方に至る、天下統一を成し遂げます。< つづく >

茶室 松花堂

 千利休と豊臣秀吉 その8

 千利休と豊臣秀吉 その7

 千利休と豊臣秀吉 その6

 千利休と豊臣秀吉 その5

 千利休と豊臣秀吉 その4

 千利休と豊臣秀吉 その3

 千利休と豊臣秀吉 その2

 千利休と豊臣秀吉 その1

 皐月の歴史・水無月の歴史 その七

 いつから「日本」に その八

 

     前回の問題 解答
  1950年6月25日、朝鮮戦争が勃発しました。

     今日の問題
 千利休は、小田原まで秀吉に随行したでしょうか、会津まで秀吉に随行したでしょうか。

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〈 心 〉 開進学園叢書・歌集『香る代に』から

  開進学園叢書・歌集『香る代に』( 二瓶カヨ子 作 千葉日報社 )から、〈 心 〉に因んだ短歌を三首紹介します。

 朝早く心はずみて来て見れば  
  職場の中に君がたて居れり  

 思ひてし事のみ多く心根の 
  そのままならぬ弱き吾かも 

 優しさの又その奥の優しさに 
  心ときめく若き日のごと 

shikishi harimado (2)

〈 吾 〉
  開進学園叢書・歌集『香る代に』から

〈 生きる 〉
 開進学園叢書・歌集『香る代に』から

〈 息吹 〉
 開進学園叢書・歌集『香る代に』から


 〈 燃える 〉
 開進学園叢書・歌集『香る代に』から

 〈 人の世 〉
 開進学園叢書・歌集『香る代に』から

 〈 寒さ 〉
 開進学園叢書・歌集『香る代に』から


 〈 落葉 〉
 開進学園叢書・歌集『香る代に』から

 〈 父 〉
  開進学園叢書・歌集『香る代に』から

 〈 さびし 〉
 開進学園叢書・歌集『香る代に』から

 
 

     前回の問題 解答
 黒紫色をしたナスの表皮をつくっている色素は、「ナスニン」です。
         

 
 
     今日の問題  
 1950年6月25日、何戦争が勃発したでしょう。 
            

 

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〈 パソコンとスマートフォン 〉表現学習の作品から

 モバイル社会研究所が、2024年に、こども達が使用しているパソコンとスマートフォンを、親はどのように見ているかを調査して公表しています。
   パソコンは学習用である    82%
   スマートフォンは遊び用である 90%

 今回の表現学習は、こども達から見たパソコンとスマートフォンについて、考えをまとめてもらいました。

 Aさんは、パソコンの良さを述べています。
 スマートフォンが受動的であるのに対して、パソコンは能動的な側面がありそうです。

 Bさんは、ネット社会の影響を述べています。
 ネット社会への依存性が強まれば強まるほど、こども達が被る影響は測り知れません。

2025 06 pasokon

〈 睡眠について考える 〉
   表現学習の作品から

〈 科学月刊誌『ニュートン』を参考に 〉
   表現学習の作品から

〈 日本の人口を考える 〉
   表現学習の作品から

〈 関心のあるテーマを選んで 〉
   表現学習の作品から


〈 科学月刊誌『ニュートン』を参考に 〉
   表現学習の作品から


〈 オリンピック・パラリンピック 〉
   表現学習の作品から

〈 発明・開発物語 〉 
   表現学習の作品から

 
 

     前回の問題 解答
  「北野大茶会」は、正式には「北野大茶湯」と呼ばれています。
        

 
 
     今日の問題  
 モバイル社会研究所の2024年の調査によれば、一日に一時間以上インターネットを利用して学習している中学生は、何%でしょう。
           

 

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